2026年10月10日土曜日

情報漏洩

情報漏洩の話題が多いですね。
9月末にタイムズカーでの漏洩が明らかになったのを皮切りに、色々な企業の漏洩が出てきていますね。
並べてみると、
東京メトロ、京王プラザホテル、イープラス、らしんばん、ベネフィットワン、アバハウス、焼き肉きんぐ、大起水産、ミスターマックス、ローソン、第一興商、アクティブ、損保ジャパン、JR東日本、スカイチケットなどなど。
多すぎて追い切れません。
特に、タイムズカーでの免許画像の漏洩や、IDCフロンティアのIDCFクラウドの不正アクセスによる停止、それに伴う日水物流での入出荷不能なんていう衝撃的なニュースもありました。
特にしっかりとお金も手間も掛けてあるはずの、クラウドサービスの停止は、かなり驚きましたね。
急に増えたイメージがあるのは、ちょうど9月末から10月に掛けての半期決算に絡んでの発表という向きもありますが、実際の発生時期にバラつきがあるとしても、急増の要因は生成AIでしょう。
特に、PCでも動く中国産の安価なローカルLLMと呼ばれるAIが、どうも使われているようです。
性能の先頭を走るアンソロピックのMythosは、その能力の高さ故に提供される企業は限られていますが、そこまで行かなくとも、ローカルLLMでセキュリティホールを探す用途には十分な効果を挙げられるということなんでしょう。
となれば、しばらく情報漏洩事件が続くんでしょうね。
この流れは日本だけではなく、他国でも発生しています。
特に、世界最高級のお金と手間を掛けているはずのアメリカペンタゴンでも、不正アクセスによる情報漏洩が発生しました。
軍事機密ではなく、DMDCと呼ばれる国防データセンターでの職員情報なので、ハードルは少し低いのかもしれませんが、職員情報というのは、人的接触というアナログな手法での二次的な機密漏洩に繋がりますから、非常に重要な情報には違いありません。
なんか、無力感が漂いますね。
その内、反対にAIを使って防御する手法も開発されるんでしょうが。
庶民のレベルでは、しばらくは遠い目で状況を眺めるしかありませんね。
 

2026年10月4日日曜日

ぷらら

先日、長年親しんできたプロバイダを解約しました。
知る人ぞ知る「ぷらら」です。
ぷららは、元々はNTTが他の数社と共同出資で設立した通信プロバイダでした。
利用を開始した当時は、まだ「ピーヒャラヒャラヒャラー」の電話線モデム時代で、そのモデムすら標準装備されておらず、外付けのものを買ってきたのを思い出しますね。
「ニーパッパ」と呼ばれていた、28,800bpsという速度でした。
また、300MBのハードディスクを数万円で買っていた時代でもあります。
懐かしい!
今から振り返ると、速度や容量がバグるほどの小ささですが、当時は黎明期でもあり、尖ったコンテンツが多くて色々と面白かったですね。
その後、ぷららはNTTコミュニケーションが親会社となり、さらにNTTドコモに親会社が変わりました。
そして、NTT内部での企業再編により、NTTドコモがNTTコミュニケーションを吸収した結果、プロバイダ事業も1本化されることとなったんですね。
こうして、ぷららは消滅することとが決まり、2028年にはぷららのメールアドレスも使えなくなることになりました。
ぷららで持っていたアドレスは、「~@plala.or.jp」です。
しかも@より前は、たったの3文字。
3文字で取れるアドレスなんて、もうどのプロバイダでも無いでしょうし、or.jpも化石で、その利便性と化石感が良かったんですが、しがらみの根源であったメールアドレスの変更が不可避という事で、もうぷららに拘る必要も無くなったため、プロバイダを変更することにしました。
思えば、30年に渡って使用し続けていたアドレスですから、なんたかんだ愛着があったんですけど、時代の流れには逆らえず、しょうがないですね・・・
ずいぶんと長い間、お世話になりました。
 

2026年9月28日月曜日

政界ひとりぼっち

鳴り物入り(?)で設立された中道改革連合ですが、今やひとりぼっちになっています。
旧公明議員が公明党に出戻り、旧立憲の議員の大半は、新たに設立された民主改革の会へ参加する模様。
そして、中道には1人だけが残り、残務整理するとのことですが、その仕事の大きなもののひとつが、借金返済のようです。
なんだかねぇ
ふと思い浮かんだ言葉があります。
「計画倒産」
融資を受けて倒産させるような悪質なタイプではないですが、倒産前に計画的に資産の整理を行って債務返済を免れるタイプに近いように感じますね。
計画倒産と違うのは、税金からの政党助成金で借金を返すところ。
国にケツ持ちしてもらうわけですね。
借金というのも、結成時期を考えると、基本的には選挙費用がほとんどのはず。
選挙費用と政治活動は似て非なるものですからね。
政治活動のための政党助成金で返済というのは、凄くモヤっとします。
また、あれだけ声高に政治資金パーティーや政治と金の問題を批判していたのに、お金が無いとなると、プライドも何もあったものではないな、と。
野党がよく批判していた、裏金と呼ばれる不記載の問題ですが、あれは政治資金パーティーの売上(?)の分配でルール違反があったということなんですよね。
つまり、売上(?)を作ったのは営業努力です。
ところが、中道の場合は、税金が源資なんですよね。
自分で商売している身からすると、もちろんルール違反はダメ!絶対!ですが、国にケツ持ちさせるよりは営業努力している分だけマシに感じますね。
 

2026年9月22日火曜日

サイトのリニューアル 鹿児島の全スポット終了

サイトのリニューアルですが、鹿児島県で訪問した全スポットの作成が完了しました。
 
 
鹿子島県では、お城が24城、温泉が2ヶ所、観光地が1ヶ所、寺社が1社、史跡が1ヶ所、自然が4ヶ所、資料館が2館、道路が1本で、合計36スポットです。
関西から見ると鹿児島県は遠い場所ですが、何と言っても関西は九州行きのフェリーが充実しているんですよね。
これが有り難い。
鹿児島へは志布志行きがありますので、比較的行きやすい県なんですね。
志布志から東回りで行くも良し、西回りで行くも良し。
そのお陰で、訪問が充実した県となっています。
鹿児島県中央部の霧島付近には行ったことが無いので、次に行くときは中央から北上するのもいいですね。
さぁ、九州最南端の県が終わりました。
並行している北海道がなかなか終わりませんが、西回りで島津氏ゆかりの宮崎へと進んで行きましょうか。
 

2026年9月18日金曜日

中村ゆり

中村ゆりさんが逝去されました。
まさかそんな大病をされているとは知りませんでしたね。
訃報には驚くことも多いですが、少し前にドラマで見たという感覚だっただけに、今回は声が出てしまうほど驚きました。
享年44。
あまりにも早すぎますね・・・
透明感のある女優さんで、その透明感が年々増して行くような、そんな独特な雰囲気がありました。
多くの人がそうであったようですが、やはり特に印象に残っているのが、日本生命のCM。
仕事を頑張りながら子育てをする母親役で、再検査のお知らせが届くのですが、子供に心配を掛けまいと笑顔を見せるというCMでした。
中村ゆりさんは、2013年にもがんを患っていて、その時は寛解したそうなんですが、時系列的に見ると、CMが2019年ということなので、リアルに近い役柄だったということになります。
その背景を知ると、あの前を向く笑顔が、より思い出されますね。
そういえば、何年か前に何気なくWikipediaで検索した際に、90年代末に活動していたYURIMARIのYURIということを知りました。
この時も声が出るほど驚きましたね。
YURIMARIのYURIかい!と。
凄くファンだったわけではありませんでしたが、その名前はよく覚えていました。
実は古くから知っていたんですよね。
今の透明感抜群の姿と、当時のギャルっぽい姿のギャップの大きさに驚き、それ以来、密かに応援する女優さんになりました。
それだけに、とても悲しいですね・・・
 

2026年9月11日金曜日

多田神社

ちょっとびっくりするニュースを見ました。
 
 
摂津の多田と言えば、多田(源)満仲が入部して開墾し、武士団を形成した地。
その武士団が、以後隆盛する清和源氏の母体となったため、清和源氏勃興の地として歴史好きには知られています。
家系を辿ると、満仲の長子が大江山の酒呑童子退治で知られる頼光で、藤原道長と結びつき、その武官的な立ち位置で出世しました。
同じく三男の頼信も道長の側近として活躍し、河内に根拠地を築いたため、頼信の家系は河内源氏と呼ばれます。
この頼信の嫡男が、八幡太郎として知られる義家で、父子は前九年の役、後三年の役を経て源氏の棟梁としての地位を確立して行くわけですね。
義家以降は義忠、為義、義朝、頼朝と続きます。
その清和源氏の祖廟とも言える多田神社が、民事再生とは。
ニュースによると、前宮司が神社の不動産や宝物を担保に融資を受け、個人的に流用していた模様。
この辺りの詳しい情報は、これから出て来るのか不明ですが、由緒ある神社でも、経営者たる宮司次第では、こんな状況になってしまうんですね。
宝刀鬼切丸を始め、それなりに観光資源も持っていたはずで、経営的には他の無名の神社よりかなり恵まれていたと思うんですが。
神社も寺院も、経営が難しい時代にはなっているんですが、頑張って立て直して欲しいですね。
 

2026年9月6日日曜日

淀古城

淀城というお城があります。
江戸時代には淀藩という藩があり、城下には京と大坂を結ぶ京街道が通され、西国方向から京を守る役割持っていました。
ただ、この城は江戸時代初期に築かれたもので、秀吉の室となった茶々の居城である淀城とは位置が違います。
茶々の通称である淀殿は、この城の名から採られたものなんですが、その位置は、江戸時代の淀城から北に500mほどの場所にあったといわれ、今より北東で合流していた桂川と宇治川の合流点付近にありました。
ちなみに、江戸時代の淀城は、木津川を加えたほぼ三川が合流する付近にありましたので、同じ名前かつ京の入口を防衛するという同じ機能を持つお城ですが、治水に関しての影響はかなり違うんですよね。
それはさておき、その旧淀城とも淀古城とも中世淀城とも呼ばれるこのお城は、場所が未確定でした。
それが今回、発見されたとのこと。
 
 
発見されたのは桂川西岸で、約100mの区画とそれに付随する堀とのこと。
その堀が薬研堀という底がV字型の防御に優れた堀であることから、中世の淀城と判断したようです。
淀付近の三川の流路が、江戸時代にも付け替えられていますし、明治から昭和に掛けても、巨椋池の干拓を含めて大規模に変えられている場所ですから、今の地図から当時の城の立地というのを想像するのは難しいですが、これまで推定地に過ぎなかった城地がある程度確定したというのは、嬉しいですね。
年老いて遠出ができなくなった時のためにまだ訪問してませんが、旧城が改めて整備されるなら、日帰りでぷらっと訪れてみたいですね。
 

2026年8月31日月曜日

賤ヶ岳の合戦と北ノ庄城落城

「豊臣兄弟!」で、秀吉と秀長の兄弟にとって非常に大きな転換点となる、賤ヶ岳の合戦と北ノ庄城落城が終わりました。
個人的に、清須会議が近年の説を踏まえていい感じだったので、反動でかなりツッコミを入れたくなりましたね。
まず秀吉が、加賀の前田利家の城に顔を出した上、ついでに上杉氏にも背後で牽制するよう根回ししていたという描写。
「豊臣兄弟!」では、簡単に武将が遠隔地に登場するんですが、それがまた発動しました。
情勢が緊迫する中、関所での改めも厳しくなっているはずで、しかも同じ織田家の同僚だったということは、柴田家中でも秀吉の面が割れている。
そんな中、勝家の与党の領内を縦断かつ往復とは、ちょっとリアリティが無さ過ぎです。
さらに、賤ヶ岳の合戦の肝は、美濃大返しと呼ばれる秀吉の急行軍なんですが、それもさらっと終わりましたね。
ま、そこはどの作品でも描かれることが少ない部分ですが。
それよりも大きいのは、中川清秀が柴田方へ寝返りしたということ。
中川清秀と言えば、秀吉と義兄弟の約束をしていたというほどの武将で、柴田側の猛将佐久間盛政の猛攻を何時間も耐えたと伝わっているわけですが、そんな武将が前振りもなく突然裏切者として描かれたのは、かなり違和感がありましたね。
しかも、それがストーリーに大きく影響したかと言えば、大して意味がなかった。
利家自身が、秀吉の新しい世を見てみたいと思って秀吉に味方したわけですから、清秀が秀吉を裏切った上で利家に討たれようが討たれまいが、関係ないんですよね。
しかも、賤ヶ岳の合戦では、前田軍が参戦せずに最初に引いたことが柴田軍敗退のトリガーになったと言われていますから、大勢が決した後に秀吉のもとに首を持って現れるのも合戦の流れからしておかしい。
そして、この時系列だと、先に撤退した利家が越前府中で勝家を迎え、勝家が利家の撤退を責めずに謝すという情緒的な場面も無くなってしまうわけです。
大勢が決するまで利家が戦場にいて、勝家の方が先に撤退しているわけですから。
せっかくの名場面なのに。
猛将の勝家がハマリ役だっただけに、その場面は見たかったですね。
そして、北ノ庄城落城の最後。
勝家と市が手を取って高欄から飛び降りました。
これは、凄く現代的発想ですよね。
現代的な描写がダメというわけではないですが、天守は、各層のひさしがある上に下層に行けば行くほど床面積が大きい。
つまり、飛び降りても下層の屋根にバウンドして、下手すりゃ生き残ってしまうわけです。
思わず、プロジェクトAのジャッキーチェンが時計塔からバウンドしながら落下するのを思い出しました。
地面まで直で行けるビルやないんやから・・・
そして、当時の価値観と相容れないのが、飛び降りたら遺体や首が残ってしまう事。
信長が遺体を判らなくするために本能寺を徹底的に燃やさせたように、晒し首にならないようにするという価値観が武士なら備わっていたわけです。
飛び降りだと、確実に首が敵方に確保されてしまいますからね。
豊臣兄弟にとって、勝家との戦いは、非常に大きなターニングポイントだったはずですが、楽しみにしていただけに、先週と今週の2回はかなり消化不良でした・・・
 
参考:
 

2026年8月29日土曜日

SHEIN

自分はSHEINで購入したことは無いですが、SHEINについて面白いニュースを見つけました。
 
 
確定の話ではないですが、仮条件の上限で17億7000万ドルの調達を目指すIPOを行うとのこと。
ただし、ただし。
過去の調達での価額を下回ると、過去の調達での引き受け先である株主に対する保護条項が発動され、最大35億ドル相当を現金や株で補填することになるようです。
つまり、17億7000万ドルの調達を目指したのに、反対に35億ドルを払う可能性があるということ。
まるで伸るか反るかのギャンブルですな笑
SHEINも直近の成長率は急減速で、一時の勢いは無いですからね。
今回の調達も、過去の調達規模に比べるとかなり少ない規模。
各国の万国郵便条約を利用した少量輸出の手法も、中国が発展途上国の枠組みから外されたりで、各国で制限されるようになっています。
また、パリの老舗百貨店BHVマレに出店した実店舗も提携終了と、逆風続き。
外から見ている分には面白いですが、SHEINの中の人にとっては、かなり切実な話ですね。
SHEINの香港でのIPOは、31日の月曜に価格が決まり、翌9月1日に実施され、上場します。
すぐ先の話ですので、しっかりと観察したいですね。
 

2026年8月21日金曜日

清須会議後

「豊臣兄弟!」が、本能寺の変を終え、清須会議をこなし、佳境に差し掛かってきました。
これまでは、そんな死因?とか、そんな遠くにポンと行かれへんやろ!的な、ややファンタジーな演出やストーリーが結構見られたような気がしますが、清須会議に関しては、家督争いではなく名代を巡る信勝と信孝の対立という面と、四宿老による合議体制の確立という、最新の定説を反映しつつ、秀吉の野望が滲み出て来るような演出で、面白かったですね。
秀吉が、どのようにして織田家臣と言う立場から権力を確立して行ったのか、秀長がそれをどのように感じながら補佐したのか、今後どう描かれて行くのか楽しみになりました。
 
その清須会議ですが、これほど有名な会議でありながら、実は行われた日が確定していないんですよね。
また、密室的な会議であったためか、その内情というのもあまり伝わっていません。
前後の書状や他の人の伝聞という一次資料はあるものの、議事録的な明確なものが無い。
その分、後世の人が想像を逞しくして色々と脚色できる余地があるわけで、江戸時代の各種軍記ものや、最近では三谷幸喜監督の、そのものズバリ「清須会議」という映画作品があるほど。
ちなみに、この「清須会議」という作品名を聞いた時、真っ先に、清須会議が題材で客なんか入るんやろか?と思ったぐらいでした。
それぐらい一般層に知名度が無いと思われたんですが、さすが三谷監督、面白い映画でしたね。
 
ともかく、清須会議を描いたものとしては、今回の「豊臣兄弟!」は、割と上位に入る面白さだったように思います。
そして、次の回の織田家中の綱引きの最中に吐き出された、丹羽長秀の秀吉に屈服したというセリフ。
これは、なかなか重い言葉でしたね。
史実から見れば、長秀にとって、これほどしっくりくる言葉はありません。
次回は、いよいよ賤ヶ岳の合戦。
勝家とお市が滅ぶわけですが、どのような演出になるか、どのような言葉を残すのか、楽しみです。
 

2026年8月15日土曜日

四国3県ツーリング その2

前回のあらすじ
 
天気晴朗なれど首痛し!
 
牛岐城から出発し、室戸岬へと向かうため、南へと進んで行きます。
大昔に、阿南市の福井というところでスピード違反で捕まったことがあるんですが、久々に国道55号線を走っても、捕まった場所が分からなかったですね。
お巡りさんが道に出て来た景色は、結構鮮明に記憶してるんですが笑
あーここや!ここ!
とかやりたかったんですが笑
福井駅の少し南の場所から、こんなバイパスできてるんや?と日和佐道路に入ったので、そのバイパスされた区間だったのかも知れません。
ん~残念!
日和佐道路の出口を過ぎ、前回は訪れた日和佐の模擬城を横目に見つつ、国道55号線を少し南下すると、国道55号線から海方向に分岐する道があります。
この道は、県道147号線こと南阿波サンライン。
ただ、海寄りを通る道ですが、ずっと海際を走るという道ではなく、コーナーやアップダウンの激しい道でした。
通った日は、自転車のロードレースが行われていて、ロードバイクに気を使いながらの走破となりましたが、景色よりも、よくこんなアップダウンの激しい道を自転車で走るなぁと感心しきりでしたね。
 
南阿波サンラインを走り切ると、その出口は牟岐という地区。
この地区にもお城がありました。
牟岐城です。
この牟岐城の築城は、元亀年間(1570-73)とされており、時期的には長宗我部氏が海沿いに阿波侵攻を始めた頃です。
この頃、海部城や日和佐城も築城されており、対長宗我部防衛線のひとつだったんでしょうね。
信長の野望で知って以来、いつか登ってみたいと思っていたお城でしたが、整備されている津波避難道や南麓の八幡社辺りを散策してみたものの、頂上へと向かう道は見つけられませんでした。
時間の都合で断念しましたが、非常に残念ですね。
気を取り直して、室戸岬を目指しましょう!
 
つづく
 
 

2026年8月9日日曜日

四国説

「豊臣兄弟!」では、本能寺の変が終わり、明智光秀が滅び、事後の話へと進みました。
これから、いよいよ秀吉の天下取りの話に差し掛かってきます。
豊臣兄弟が、いよいよ歴史の主役へと躍り出てきますね。
 
さて、その本能寺の変。
明智光秀が変を起こした理由には、古くから様々な説が唱えられていますが、どれも帯に短し襷に長しで、決定的な説得力を持つ説というのは、なかなかありませんでした。
そんな中、最近になって有望視されてきているのが、四国説というものですね。
 
担当外交官的な役割を取次や取次役と言いますが、光秀は長宗我部氏の取次を長年務めており、当主元親が光秀の重臣斎藤利三の義妹あるいは異父妹を正室として迎えているほか、その嫡子、つまり利三にとっては甥の関係にあたる信親は、信長から信の字の偏諱を受けています。
長宗我部氏とそのような強い関係性があり、織田家の四国向け政策の1番手であった光秀ですが、信長は、天正9年(1581)ぐらいから、長宗我部氏に切り取り次第を認めるという方針を改め、三好一門の古参武将である三好笑岩入道を四国へ送り、対長宗我部氏の活動をさせるようになりました。
それまでの方針から、ガラっと反対方向へ振れたわけですね。
笑岩が後に秀吉の甥秀次(当時は信吉)を養子に迎えたことから、織田家の四国政策が、長宗我部-光秀ラインから三好-秀吉ラインへ変更になったと言われることもありますが、そこは微妙かもしれません。
確かに、秀吉も淡路攻略などに兵を派遣していますが、本能寺の変直前に織田信孝が大将となって四国討伐軍が編成され、笑岩はその先遣隊の位置付けになっていますから、織田家の中の系統が違うわけですしね。
ともかく、四国は光秀の担当ではなくなり、四国討伐が目前となったわけです。
この状況を覆すべく、本能寺の変を起こしたというのが四国説ですね。
 
ただ、長宗我部氏を救うために本能寺の変を起こしたという説明をされることがありますが、それは人が良すぎるかと。
長宗我部氏は、この頃には土佐一国の主から脱し、他国へ進出するようになっていましたが、その進出は順調に進んだわけではなく、織田家にとっては、まだまだ小さな地方大名に過ぎませんでした。
その織田家の中枢に参画するほどの重臣が、いくら自らの重臣の身内とは言え、連携も取りにくい遠隔地の小さな地方大名を救うために謀反を起こすというのは、考えにくい。
心情として、やはり四国のメインの担当ではなくなったのが大きかったんではないでしょうか。
ここで思い起こされるのは荒木村重。
村重は、京のある山城の重要な隣国摂津を任されていた武将で、摂津の国人などを中心に与力を付けられ、五大将に近い軍事的権能があったと思われます。
その村重は、織田家の播磨進出にあたって取次を務めていましたが、この役割は後に秀吉の担当となりました。
色んな事情があったのかもしれませんが、働きが評価されなかったと村重は感じたのかもしれません。
この辺りから、村重の活動は、サボタージュ気味に怪しくなって行くんですね。
光秀は、村重の嫡子村次が娘婿ですから、村重の親戚でもあり、村重謀反の際も説得にあたっていました。
光秀には、村重の心情と末路がどう映っていたでしょうか。
自分の身を重ねたのかもしれません。
それともうひとつ。
光秀の生年には、いくつかの説がありますが、本能寺の変の際は、生年が遅い説でも満で54歳、早い説だと満66歳です。
当時の平均寿命から考えて、老境に差し掛かっていた光秀が、筆頭家老でありながら67歳で突如追放されて間もなく死去した林秀貞、有名な19条の折檻状を突き付けられて52歳で高野山へ追放された佐久間信盛の姿をどう見ていたか。
自分の年齢と、自分と同じく織田家の中枢にあった重臣たちの年齢と末路。
取次を外れたことをきっかけに、出世争いに敗れることの恐怖も、頭をよぎったかも知れません。
この辺り、戦国武将という華々しさはありつつも、組織人としての難しさというものも感じます。
四国説が本当かどうか、はっきりする日が来るのかどうかすら分かりませんが、光秀の心情面に興味が湧きますね。
 

2026年8月1日土曜日

イオンモール熊本

熊本を再び地震が襲いました。
そして、イオンモール熊本での大爆発。
前回の地震から10年を経て、これほどの大きい地震があるとは思いませんでした。
原因は確定していませんが、10年前の地震の割れ残りであった可能性が指摘されています。
大きい地震が来たからといって、しばらく地震は無いと思うのは危険ですね。
阪神淡路大震災から30年以上が過ぎ、油断していたつもりはないんですが、備えというものにもう1度気を配りたいものです。
 
しかし、大爆発はしてしまったものの、イオンモール熊本からお客さんの避難が完了していたというのは、称賛に値しますね。
地震の発生が16:27で、避難完了が17:00頃。
30分程度で避難を完了しています。
当時は3千人ものお客さんがいたということですから、これは凄いこと。
オフィスなどの場合であれば、普段もそこで仕事をしている従業員などがほとんどですから、避難訓練をしている可能性がありますし、避難経路もなんとなく知っていると思われます。
これが買い物客だと、そうはいかない。
あまり良くないことかも知れませんが、避難経路を確認してから入店する人は多くないでしょう。
そういう前提条件を織り込んで、従業員の方はしっかりと訓練していたんでしょうね。
亡くなった方がおられたのは非常に残念ですが、店員の方が店に戻られたのは、避難が完了した後の話ですので、避難自体は大成功でした。
イオンモールの普段からの取り組みに、拍手ですね。
 

2026年7月25日土曜日

AI空中戦

先日、こんなニュースがありました。
 
 
要約すると、OpenAIが新しいAIモデルをテストしている最中に、与えられたテストの回答を得るべく、サンドボックスと呼ばれる閉領域の脆弱性を発見してインターネットの接続に成功し、同じくAI企業のHugging Faceのシステムに不正アクセスして答えを得ようとしたということです。
さらに、Hugging Faceは攻撃を受けて停止した後、ログを精査しようとしたが、自社のAIは、アメリカの商用AIの制限によるセキュリティ面の制限に掛かって精査できず、中国企業Z.aiのモデルを自社環境で動かして精査したとか。
映画やドラマで見るような、AIが悪意を持って行ったという訳ではないですが、問題解決に純粋なAIの特性が出た事案とも言えますね。
見方を変えれば、目的に一直線なマッドサイエンティスト的な行動と言えます。
登場するAIが3つ。
AIがAIのデータベースに侵入してAIが捜査する。
このニュースを見て、いよいよ人間の頭を越えてAI同士の空中戦の様相を呈してきたな、と感じました。
テストでは、AIモデルのポテンシャルを測るべく、安全性の制限を緩くしていたとのことですが、逆に言えば、人間が設定を間違えると、このようなインシデントが起こるという事ですね。
一歩間違えば、とんでもない事件になっていたのかも知れません。
 

2026年7月20日月曜日

全東信 その2

全東信について。
前にも書いたように、これまで全東信という存在を知らなかったんですが、調べると、色々と戦略があって面白いですね。
端末のロール紙を無償で供給したり、入金のタイミングを短くすることで資金繰りにメリットを出したりと、選んでもらうための戦略が面白い。
決済代行の料率については、通常のカード決済より高いという報道と安いという報道があり、どちらが正しいのかよく分かりませんが、恐らくは信用スコアが高くない店だと、通常では高い料率になるところが、全東信なら低くて済むというところではないでしょうか。
それだけ危ない店を相手にしているということではあるんですがね。
ただ、提供していた端末が各種ペイ払いなどの電子決済に対応していなかったことや、スクエアなどのように即時入金のサービスも出てきていることから、その辺りの競争力が失われてしまい、さらに他人名義で加盟店契約を行ったという2年前の不祥事で、大手の融資先が資金を引き上げ、資金繰りに窮したという状況のようです。
債権者の一覧を見ると、ものの見事にメガバンクの姿は無いですからね。
額は大きくないですが、地銀や信金、信組あたりが逃げ遅れています。
 
この全東信の戦略で挙げられている入金の早さについてですが、ある意味では手形ですよね。
クレジットカードの会社と直接取引すれば、入金はかなり遅いタイミングになり、その売上げと入金のタイムラグの分だけ、回転資金が必要になるわけですが、手元資金が潤沢ではない店では、手数料を多く乗せてでも早く回収できた方がメリットになる。
期日前に手形を銀行で割り引いてもらうのと同じですね。
似たような手段として、最近、請求書と引き換えに入金するベイトナーのCMをよく見かけますが、これも入金サイトを早める手段で、ファクタリングという決済です。
手形よりも新しい決済手段で、海外では産業革命の頃に大きく普及したようですが、日本では昭和の後半頃に入ってきたようで、比較的新しい決済手段と言えますね。
手形決済は廃止が決まっており、代替手段として電子記録債権というものを普及させようとしていますが、今の普及速度を見ると、ファクタリングのほうが多く使われて行くような気がします。
請求書も電子化が進んでいる上、振込もPCで電子処理するだけですから、通常は銀行振込で決済は行っていますし、わざわざ手形を振り出すのも手間。
その流れのまま請求書で現金化できるなら、それが手っ取り早いですからね。
それにしても今回は、決済やそれに付随するサービスにも色々な戦略があることを知って、勉強になりました。
 

2026年7月14日火曜日

19回目の本能寺の変

「豊臣兄弟!」で、本能寺の変が放送されました。
大河ドラマで通算19回目とのこと。
名場面中の名場面ですね。
今回は、タイトルにもあるように、兄弟がテーマとしてあるらしく、信長の同母弟信勝の子信澄が光秀をそそのかして本能寺の変を起こさせるという筋書きでした。
今作の信長は、叛乱を起こした自らの弟との関係と比べ、豊臣兄弟をどこか羨ましく思っていたのかもしれません。
本能寺の変直前の、信長と光秀の緊迫したやり取りも見応えがありました。
 
ただ、史実に照らしてみると、色々と無理筋であるのは拭えませんね。
信澄については、叛乱を起こした弟の息子という、かなり微妙な身分ながら、本能寺の変の1年2ヶ月前の馬揃えでは、信長の嫡子信忠80騎、次男信雄30騎、同じく弟の信包10騎、三男信孝10騎に続く一門衆序列5位で、信包や信孝と同格の10騎を率いています。
この序列5位というのは、信長の弟で有楽斎で知られる長益やその下の長利、信照などより上位なので、かなりの厚遇と言えるでしょう。
また、琵琶湖沿岸に大溝城を持ち、同じく湖岸の安土城、坂本城、長浜城の3城と水運で結ばれたカルテットを形成していたのは有名な話ですから、かなりの要地を任された武将でした。
宣教師の評価では、残虐という指摘もありますが、信長と同様に果断な性格であったとみられ、この厚遇は、自身に性格が似ていたからなのかもしれません。
このように、不遇を理由とするには弱すぎ、しかも、変の直後に何の動きも無いまま、光秀の婿ということで大坂城にてサクッと討たれていますから、信澄の動きに光秀との関わりが無さすぎるんですよね。
確かに光秀と共謀したという噂は市中にあったようですが、果断の武将としても対応が後手過ぎますし、変とは無関係だったんでしょう。
また、信長と信勝の兄弟関係がクローズアップされてますけど、1度叛いた後は長島で討死するまで忠実に働いた庶兄信広や、信澄と変わらない序列の信包、長島一向一揆の攻略中に討死して信長が一向宗に激怒したと伝わる信興、しれっと戦国を生き抜いた長益など、信勝だけじゃなく他の兄弟と信長の関係はどうやったんや?的なツッコミを入れたくなるんですが、それは歴史好きの悪い癖ですね笑
 
さて、ほぼ1年の半分で大きな山場を越えた「豊臣兄弟!」。
信玄が窒息死したり、義昭や元親が忙しいのに遠国に現れたりと、ツッコミ所は多いですが、それはそれとして、どう展開していくのか楽しみです。
 

2026年7月8日水曜日

全東信

7/6に全東信というカード決済代行の会社が、自己破産を申請しました。
この会社のことは知らなかったんですが、夜の街御用達のカード決済代行会社だったようですね。
飲み会なんかに行くと、カードを切っても店の名前で出てこない場合があります。
そういう場合は、決済代行の会社を間に挟んでいる場合が多いようですね。
しかし、負債総額が凄い。
ニュースによれば、1154億円超とのこと。
しかも、下のニュースによると、少なくとも20年前から架空預金を計上するなどして粉飾決算が行われていたようで、さらに217億円もの未払立替精算金が未計上。
ガバナンスも何もあったもんじゃない状態のようです。
 
 
決済代行なんて、薄利でしょうけど、そこまで大きな固定費が掛かるような商売じゃないような気もしますが、色々と手を拡げていたんでしょうか。
また、立替金の行方がどうなるか気になりますね。
飲食店は、もう飲食やサービスを提供していますから、これが払われないとなると、かなりの損失が出そうです。
ニュースによれば、少なくとも605億円の実質債務超過ということですから、回収はかなり難しい。
影響範囲が大きくなりそうですね。
続報が出るのかは分かりませんが、気になるところです。
しかし、お金が動くところには、色んな商売があるといのを改めて実感しますね。
 

2026年7月2日木曜日

四国3県ツーリング その1

なんだかんだと忙しい年で、秋のツーリングは、いつも10月出発にしてるんですが、ずれにずれて11月の出発となりました。
ただ、出発前日に首を痛めるハプニングが!
首がめっちゃ痛いし、なんか流れが悪いな~と思いながら、ダメなら途中で帰ってくるとして取り敢えず行くだけ行ってみるかと、ゆったりめのスケジュールにして出発しました。
秋は、日没時間の関係で西に向かうと決めているんですが、しばらく四国には行ってないなと、四国へ。
四国は何度も行っているんですが、意外と行き残しも多いんですよね。
今回は、それら行き残しを拾っていこうかと。
 
まずは、いつものように明石海峡大橋から淡路島を縦断して鳴門大橋を渡り、徳島県へと入ります。
そして、徳島市内で地図を調達。
本屋が減っているので、地図の現地調達も難しくなってきましたね。
まずは、行き残し第1弾の牛岐城へ。
2008年に来た時は、雨が降り始めていた上、公園化の工事中で近寄れませんでした。
そのリベンジになります。
牛岐城は、吉野川流域の阿波中心部に対し、南の那賀川流域の平野部を押さえる城で、守護の細川氏や守護代の三好氏の支配した時代には、有力家臣の新開氏が一帯を支配していました。
戦国時代後期には、四国統一を目指して海岸沿いを攻め上ってくる長宗我部勢に対して、新開氏は三好配下として防戦に努めましたが、やがて降伏し、阿波統一後は長宗我部元親の弟香宗我部親泰が入り、阿波経営の拠点となります。
長宗我部氏が秀吉の軍勢に敗退し、土佐一国に退いた後は、阿波一国を与えられた蜂須賀家政は、阿波九城と呼ばれる支城網を整備しますが、牛岐城も富岡城と名を変えながらそのひとつとして存続しました。
このように、各時代を通じて重要拠点だったわけですね。
ただ、現在の牛岐城は、あまり遺構が残っていません。
主郭部の小山と石垣の一部が目立つのみで、ふたコブ状だった細長い丘陵の鞍部は削られて平地になってしまっています。
とは言え、公園化されて一部でも残っているのは、江戸時代初期に廃城になった城としては、幸運な部類ですね。
というわけで、まずは公園へ。
 
 
前回は工事中でしたが、綺麗な公園になっていました。
階段を上ると、城址碑があります。
 
 
そして石垣が保存展示されている産業展示館。
 
 
ここは、通常は施錠されているので、公園の管理事務所に言って鍵を開けてもらう必要があります。
そして、館内に展示されている石垣。
 
 
明確な遺構を見学できて、満足感でいっぱいです。
ただ、館内に土が剥き出しになっているせいか、湿気が凄かったですね。
展示館を出てすぐ近くには、展望台が用意されていました。
ここからは、阿南市街が一望できます。
ひときわ大きな阿南市役所が目立ちますね。
そして、往時は丘陵として続いていた二ノ丸跡の小山も確認できます。
 
 
首の調子はイマイチやけど、天気もいいし、なかなか良い出だしですね。
 
つづく
 
参考:
 

2026年6月26日金曜日

屏風絵

先日、下のニュースをネットで見かけました。
 
 
各地で色々な展示がありますが、合戦屏風絵というのは珍しいですね。
国吉城と言えば、守護大名であった若狭武田氏の家臣粟屋氏の居城で、朝倉氏との間で何度か攻防戦が行われた城です。
信長が浅井長政の寝返りによって挟撃されかけた、いわゆる金ヶ崎の退き口の戦いでも、秀吉の撤退戦は国吉城までの撤退のことという説もあるほどの要衝。
ただ、歴史上に登場するお城なんですが、行ったことが無いんですよね。
1度行きたいと思いつつ、まだ達成できていません。
このニュースを知った時、お城に登って企画展を見学して帰るって日帰りでちょうどええやん!と思ったんですが、企画展が7/12までとのこと。
行ける日が無い・・・
できれば、バイクで行きやすい、かつ登城してもあまり汗だくにならない季節だと尚良かったんですが、ちょこちょこ企画展をやっているということですので、時々チェックしたいですね。
 

2026年6月18日木曜日

米イラン覚書署名

合意見込みと撤回を何回繰り返すねん!というくらい、紆余曲折がありましたが、ようやくアメリカとイランが戦闘終結に向けた覚書に署名をしました。
取りあえず60日という期限は付いていますが、ホルムズ海峡の航行の解放へ前進ですね。
一刻も早く、石油や石油製品の輸出入の正常化に繋がって欲しいものです。
 
しかし、戦闘が続いている間、野党が高市首相に対して、外交努力を!なんて声を上げていましたが、個人的には、打つ手なんてあるか?という思いで冷ややかに見ていました。
日本は、イランと長い間、友好関係を築いていますが、こと中東情勢に関しては、ただの買い手であって、軍事力を展開できる法体系でもない国ですし、仲裁できるバックグラウンドもありません。
なんたかんだ、世界の国々の間では、経済力と軍事力がものを言います。
日本は、経済力がありますが、軍事力については、あくまで専守防衛の戦力であって、遠国に対する影響力なんて無いに等しい。
これから先の未来は、兵器の輸出が次第に実現しだしていることもあり、そういう意味での影響力は出てくるのかも知れませんが。
そんな状態で、ホルムズ海峡という大動脈が止まった中、政府はよく対策したんじゃないでしょうか。
今の内閣が頑張った、というよりは、オイルショック以来構築してきた、非常事態に対する様々な駆動装置のようなものが起動したイメージです。
各国の資源権益の上流に食い込んでいる資源開発企業が日本へ石油を仕向けたり、当面の策として備蓄を放出したり、中東各国や民間企業と協力して新たな通商体制を構築したり。
アメリカからの石油やLNGの輸入急拡大に関しては、高市さんの影響も強いのかもしれませんが、概ね、準備していた仕組みの話が多かったように思います。
 
さて、次は戦後世界の話ですな。
覚書では、48兆円規模の枠組みを作ってイラン国内に投資するという項目が挙げられました。
これは、日本からアメリカへの80兆円投資の枠組みに似ていて、全体の枠組みをアメリカが保証し、民間企業が出資するというものです。
つまり、民間企業がイランに進出し、その投資は当然ドルで行われるということになります。
イランには、外貨を獲得する有力な物資として、当たり前ですが石油というものがあり、これもアメリカが正規市場で売るのを認めていますから、わざわざ闇市場で元建てで安く売らなくても、正規市場で高い市場価格で売り、市場からドルを調達するのが最も手っ取り早い。
イスラム金融は利子が禁止されていますから、西側の企業は、実態のある投資をドルで行い、配当としてドルを受け取る、という形になります。
ここから見えるのは、西側の企業がイラン国内の市場にアクセスすることと、ドル決済漬けですね。
イランの庶民には雇用が発生し、アメリカを始めとした西側の企業が儲かり、ドルの決裁圏も維持される。
イラン国内の経済に楔があれば、今後、イランも大人しくせざるを得ないということになります。
当然、革命防衛隊系の企業や地域は除外されるでしょうから、イラン国内の二重権力体制も是正に向かうことが期待できる。
さすが戦後処理に慣れた国。
うまいこと考えたもんだ。
 

2026年6月11日木曜日

ぶらり小野

梅雨の中休みとは思えない爽やかさに誘われて、ぶらりとしてきました。
第1目標は、昨年末に走り納めで行く予定だった東播磨南北道の延伸部。
すでに開通していた八幡三木I.C.から国道175号線の小野ランプまでの区間で、昨年の11月30日に開通しました。
年末に走り納めで走る予定でしたが、肉離れ発症により断念したルートなので、リベンジですね。
この延伸区間を走ってみると、防音壁が比較的少ない区間で、道路上から割と周辺の景色を見ることができます。
加古川と美嚢川の合流点や、美嚢川流域の田園地帯が一望できて、なかなか良かった。
実益としては、この両川の合流部の道が非常に混むので、それをスルーできるのがかなり有益ですね。
その東播磨南北道を通り切り、そのまま国道175号線を北へ向かいます。
次に目指すのは、第2目標のイオン小野店の跡地。
閉まるや閉まらないやの話題がありましたが、今は閉店して工事中のはずです。
今の状況はどうなっているのか、勝手に進捗管理しましょう。
しかし、イオン小野店という巨大なランドマークが無くなってしまうと、国道175号線からどの辺りで曲がっていたか、なんとなく朧気になってしまい、改めてイオンの存在感を感じますね。
小野市街に入ると、ルートインのホテルも目に入ってきます。
こんな所にルートインなんてあったっけ?
建物を見ると、決して新しくはないので、イオンばかり見ていたんでしょう。
今さらながら、色々と新しい発見があります。
イオンの跡地に行ってみると、まだ工事中の鉄板に囲まれて、建物は見えませんでした。
基礎工事の段階かな?
何でも、そよら2027年の秋に小野というモール型ショッピングセンターとして開業するとのこと。
ランドマークとしても復活しそうです。
最後に、小野と言えばコレ。
 
 
そろばん!
 

2026年6月6日土曜日

Switch2到着

デデーン!
 
 
無事、到着しました。
納品予定は6/10でしたが、到着したのは6/3。
1週間前倒しとは、任天堂が頑張ってくれましたね。
ファミ通などのデータによると、値上げ発表以降の1ヶ月で60万台以上という、年末商戦期のような売れ方をした模様。
値上げ決定から、駆け込み需要を予測して生産体制を敷き、かなり溜め込んでいたんでしょうね。
値上げ発表後は、ネット上の店舗在庫では、まさに蒸発というような状態でしたが、実店舗には定期的に納品があったようで、ちょこちょこと買えた報告が上がっていました。
さらに、自分と同じように公式ショップで買えた人も多かったようで、予約できる時間も結構長かったことから、かなり駆け込み需要を吸収できていたんではないでしょうか。
この辺りの需要予測は、繁忙期と閑散期の差が激しい商品を長年扱っている会社らしいところですね。
そして、その駆け込み需要を全力で迎え撃つというのが、さすが任天堂です。
さて、月初のバタバタの中、まだ開封できてませんが、落ち着き次第、楽しみたいですね。
 

2026年6月1日月曜日

中国人の資産

少し前の話ですが、こんなニュースが出ていました。
 
 
中国国内から海外に持ち出したり投資したりできるのが、年間5万ドルというのは、広く知られている話です。
しかし、実際のところ、様々な手段を使って海外に投資が可能で、中国当局もそれを黙認していました。
それが、いよいよ締め付けられるというニュースですね。
中国本国からのアクセスの良さが重宝されていた香港の証券会社への制裁金や、都市部の富裕層人民に対する課税が始まり、特に富裕層人民に対する調査は、2018年まで遡る可能性があるとのこと。
8年も遡った上で追徴や延滞金を課されてしまうと、過去の利益も相当持っていかれてしまうでしょうね。
対象の人民にとっては、衝撃意外の何物でもありません。
このニュースから連想されるのが、晴海フラッグなどのマンション価格の下落。
東京のタワマンの購入者は外国人が過半を占めるなんてニュースもありましたが、中国の富裕層が海外資産への投資のひとつとして使っているという話はよく流れていました。
本当かどうか確かめる術はありませんが、現金化されて本国の資金繰りに使われているんでしょうか。
怪しいところです。
また、中国の動きとは別に、税務当局同士の自動情報交換が進んでいるというのも、あるのかもしれません。
BEPSプロジェクトというものがあります。
 
 
このプロジェクトの成果として、各国の税務当局同士で、口座情報や課税情報の自動交換が進められているんですが、日本でも国税局の基幹システムが、KSK2という新システムへ更新されることが予定されており、更新以降は、今まで活用していた統計や機械学習を用いた分析ツール以外にも、AIを活用した予測や税務調査で、資産把握が飛躍的に進みます。
そうなると、中国当局への自動情報提供が増えることになり、締め付けを強めた中国国内では、処罰される人が増加する可能性が高そうですね。
そして、ここが人民にとっては結構恐ろしいところなんですが、代理徴収が可能なんです。
つまり、資産を把握している日本の当局が資産を差し押さえ、不動産などは競売に掛けた上で日本国内の課税額を差し引き、中国当局に送金することができる、と。
色んな工夫をして、コストも掛けて、せっかく国外に逃がした資産でも、一網打尽にやられてしまうわけですね。
いや、恐ろしい。
そして・・・各国の税務当局というのは、政治的な主張が違っても、仲がよろしいですな笑
 

2026年5月25日月曜日

Switch2

任天堂が5/8に、主力商品であるSwitch2の値上げを発表しました。
今日5/25から1万円値上げされ、59980円になるとのこと。
ファミコン世代のゲーマーとして、いつかSwitch2は買わなあかんなと思いつつ、なんだかんだ買わずにいたんですが、これはヤバいと思って帰宅後にネットであちこちを検索しました。
しかし・・・
蒸発。
Amazonも楽天もJoshinも、どこもかしこも在庫が蒸発していました。
完全に出遅れですね。
これはもう旧価格では買えんなぁなんて思っていると、5/19に公式ストアで在庫復活のニュースが。
以降も在庫が切れては復活していたようです。
任天堂すごいなとびっくりしつつ、時々公式ストアをチェックしていると、ついに予約というアイコンが見えました!
すかさず購入!!
無事、旧価格で購入できました。
到着予定は6/10。
つまり、先の生産分まで予約として出してくれていたんですね。
最終的には、6/15到着分まで予約可能だったようです。
この辺りは、流石は任天堂というところでしょうか。
値上げ前に出荷を絞って小売りでの混乱を抑えつつ、値上げ前の駆け込み需要を抑えてしまうという戦略も、過去には他のメーカーなどで採られたりしてました。
しかし任天堂は、恐らくかなりの逆ザヤになっていると思われるSwitch2であっても、買いたい人にできるだけ届けようという理念が見え隠れします。
これが任天堂の信用なんですね。
子供向け商品を扱うメーカーとしては、さすがの企業理念ですな。
 

2026年5月17日日曜日

13年

このブログは、今のV-Stromを購入した時に備忘録として始めたブログなんですが、そのバイクも13年。
従ってブログも13年。
こんなに続けるとは思いませんでした。
モデルとしては、そろそろ旧車に入ろうとしている愛車ですが、途中でモデルチェンジしているのもあって、新モデルでも使われている共有部品はまだ残っているはず。
そういう意味では、旧車とまでは言えないかもしれませんね。
しかし、13年も乗っていると、あちこちにガタが来ます。
特に経年劣化しやすい部分ですね。
今年、車検でバイク屋さんに入庫したんですが、フロントフォークのオイルが漏れているとのことで、完了が1週間延期になりました。
さらに、フォークを外そうとすると、フェンダーを取り付けているボルトが錆々で、フェンダーを割らないと外せないとのこと。
フェンダー発注でさらに1週間。
しめて3週間の入院となりました。
そして・・・
帰ってきて即ツーリングに出掛けたんですが、その先でエンジンが掛からなくなる大トラブルも・・・
これも、燃料ポンプ向けの電源ケーブルのカプラーの爪が折れて半刺しになっていたとのこと。
オイルのシールやビスの錆、プスチックの割れなど、経年上で脆い所から出て来ますよね。
やむを得ないところですが、そろそろ乗り換えの時期なんでしょうか。
気に入ってるんですけどねぇ
 

2026年5月10日日曜日

スマホを新調したら・・・アダプターもでしょ!

長年、タフなスマホであるTORQUEシリーズを愛用していますが、バイクへ搭載できるように色々とギアを使ってきました。
TORQUE 05Gでは、RecMount公式のアダプターを使っていましたが、これはビス止めすめタイプで、アダプターとしての堅牢性では文句無しなんですが、電池交換の度にビスを外す必要があり、ツーリングの途中での電池入れ替えが煩雑でしたね。
そこで、前の機種であるTORQUE 06Gでは、au公式のマルチホルダーにRecMountの汎用アダプターを使って貼り付けし、RecMountを使えるようにしました。
貼り付けタイプだけに、接着剤の耐久性が心配だったんですが、振動で剥がれることも無く、経年劣化も見られず、想像以上に良い感じ。
というわけで、新しいTORQUE 07Gにもこの作戦で行くことにしました。
まずは、マルチホルダーと汎用アダプターを調達。
 
 
早速、マルチホルダーを組み立てします。
と言っても、嵌めるだけなんですが笑
マルチホルダーには、三脚などのネジ穴対応のパーツと、そのまま平面になってパーツがあり、今回は貼り付けですから、当然、平面のパーツを選びます。
そしてその裏側に汎用アダプターを貼り付け。
どちらにも中央線が入っているので、センターを合わせやすくて助かりますね。
出来上がりがこちら。
 
 
左が07用で、右が今まで使っていた06用です。
全長がちょっと短くなっていますね。
これは、ホルダーの爪を嵌め込む穴が、06は縦2連、07は横2連と形状が変わっているためで、07用は2連の穴の内側にホルダーの爪を差し込むようになっているからです。
これによって、2連の外側の穴に脱落防止のストラップを付けられるので、心理的安全性が向上しますね。
あと、爪もちょっと小さくなっているので、脱着が容易になっています。
ただし、噛み合わせが浅くなっている分、振動で外れないか心配にはなるんですが、ストラップとセットで±0ですかね。
これでツーリングの準備は完了です。
いざ、旅へ!
 

2026年5月5日火曜日

米中の板挟み

ホルムズ海峡の封鎖を巡って、アメリカとイランの間の緊張感が再び増していますね。
原油高など米国を含む全世界への影響を抑えるため、ホルムズ海峡の航行の安全を確保したい米国と、輸出入する船舶の航行が抑えられてしまい、経済が干上がりつつあるイランの間で、綱引きが激しい。
イランについては、原油備蓄設備が満杯になることで減産を余儀無くされることが予想されており、油井での生産を止めてしまうと、老朽化した設備では再開には膨大な投資と時間が必要になってしまうと言われています。
そのため、イランは生産を止めたくない。
また経済的にも、多くの物資を輸入に頼っていますから、物理的に輸入ができない状態の上、輸出ができず外貨も獲得できないというのは、経済的に非常に厳しいわけです。
そんな状況になる前ですが、経済制裁を回避する形でイラン産の原油を中国が輸入していたのは周知の事実で、イランにとっては、輸出入共に非常な重要な取引となっていました。
アメリカは、武力を伴う港湾封鎖だけではなく、その取引ラインをも潰すため、その実務を担っている中国企業5社に対して、制裁を掛けたわけですね。
ところが、これに対抗すべく中国政府は、制裁を承認、執行、遵守してはならないという反外国制裁法違反になると警告を出したとのこと。
今まで通り輸入すれば、取引の決済銀行がアメリカの制裁に引っ掛かってコルレス銀行の口座を閉鎖され、ドル決済から弾かれてしまいます。
しかし、アメリカの制裁を避けて取引の決済を拒否すると、中国国内の法令違反となってしまうわけですね。
これぞ板挟み!
制裁の期限は24日ですから、それぞれの企業がどう判断するのか、注目です。
ちなみに、これについて非常に分かりやすく解説している記事を見ました。
 
 
取引に関連する決済、保険、傭船契約、港湾受け入れ、書類検証の5つの分野での影響を解説しています。
非常に勉強になる良い記事でした。
 

2026年4月30日木曜日

スマホも新調

ヘルメット新調の波に乗って、スマホも新調だぜ!
 
 
というのは半分嘘で、TORQUE G07が3月に発売になってから、虎視眈々と機種変する機会を窺ってました笑
なんせ、前世代機のG06が出た後、もう京セラは個人向けスマホ市場から撤退するなんて噂が流れていましたからね。
出るなら買い替えるざるを得ないというのが、愛用者の正直な心境です。
1世代飛ばして次のやつを買おう、なんて悠長な事は言ってられないですからね。
次が無い可能性もあるわけで。
ただ、今回は入手にちょっと苦労しました。
前々世代機の05Gと前世代機のG06は、普通にオンラインショップで買えたんですが、今回、オンラインショップで買おうとすると、そのauIDでは購入できないという表示が。
どうやらau契約でないと、買うことができない模様。
そこで直営のaustyleのHPを覗くと、機種だけ購入のリンクがありました。
実店舗なんて10年振りぐらいじゃないかという感じなんですが、意気揚々とショップへGO!
しかし、単純に機種だけ受け取って帰るというわけにはいかず、5G SAなるsimへの交換が必要とのことで、1時間ちょっとぐらい掛かって機種変の処理をしてきました。
なんかスマホのアンテナ表示が5G+になっとる・・・
調べてみると、sub6の3.7GHz/4.0GHz帯を使う通信らしいですね。
800MHzと1.5GHzで繋がりやすいだのにくいだの言ってた頃とは隔世の感があります。
ちょっと気になったのは、sub6/ミリ波という記述。
日本では、上の周波数帯以外に28GHzというのが割り当てられているんですが、波長を計算すると1cmちょっとなんですよね。
3.7GHzや4.0GHzでは7~8cm。
完全にセンチ波じゃね?
これで優良誤認だなんていう人はいないでしょうが、微妙に引っ掛かるところではあります笑
さて、肝心の新機種のレビューはと言うと・・・
書くことが無い。
書くことが無いと言うと語弊がありますが、それぐらい王道進化ということですね。
当然ながら、プロセッサーの世代が新しくなったことで、重めのゲームの操作感などが前機種よりキビキビしているのと、処理能力向上によってパワーを抑えつつ処理できるため、電池の持ちがかなり良くなっていますが、ソフトウェア部分は大して変わっていません。
ハードウェアで言えば、画面の上と下の出っ張りがやや大きくなっているので、ポケットから出すときの手の引っ掛かりが良くなっていますが、これは好みがあるでしょうね。
地味に痛いのは、物理ボタンが1つ減ったこと。
それぞれアプリ起動を設定して、1回押し、2回押し、長押しで計9つのアプリが登録できたんですが、今回は6つがMAXになります。
ブラインドで直感的にすぐ起動できるというのは、非常に有り難かったんですがね。
特にツーリング中でグローブを嵌めている状況では。
その点だけは残念ですが、余分なことをしない王道進化は望むところ。
今後も愛用していきます。
 

2026年4月27日月曜日

ヘルメット新調

ヘルメットを新調しました。
実は、去年に買い替えようと思っていたんですが、残念ながら欠品ということで、今年に買い替えることに。
 
 
ねんがんのカーボンヘルメットをてにいれたぞ!
新しいヘルメットを撮ると、何故かいつも得体の知れないおっさん写り込むのは横に置くとして、新興のヘルメットメーカーであるASTONEのシステムヘルメットです。
やはりヘルメットにおいては、安全性はもちろんですが、軽さは正義ですね。
持った瞬間に、えっ?と思うほど軽い!
システムヘルメットの枠外の軽さでした。
ただ、細かい所については、やや製品としての粗さがありますね。
実際に走ってみると、軽さはさすが。
ここはもう言うまでもありません。
視界は、やや前傾になった時に、左右の斜め上方向の視界が広いと感じました。
周辺視での安全には貢献しそうです。
ベンチレーションは可もなく不可もなくといったところ。
ただ、バイザーを上げる際、何段階か止まる場所があるんですが、その1段目が大きいんですよね。
1段目は、主に曇り止めや暑さ対策の通気になるので、他のヘルメットは、かなり狭く開くのが普通。
それが結構開いてしまうんですよね。
なので1段目まで開けて走ってると、ドライアイになることは必定。
うまい力加減で、パタンと閉じ切ってしまう前に止めることは可能なので、同じような運用はできるんですが、ちょっとめんどくさいかな。
あと、ベルトの留め具がクイックリリースのバックルじゃなく、Dリング。
これがクイックリリースに慣れていると、ちょっとめんどくさい。
Dリングで育った身ですし、すぐ慣れるとは思うんですが、グローブをつけて脱着ができなくなるので、ちょっと時間が掛かります。
風切り音は、かなり大きくなったと思いますね。
AraiやShoeiはもちろんのこと、同じ価格帯となるOGKのヘルメットなんかも、静音性能は結構高いと感じるんですが、それよりは明らかに音が大きいです。
使用感としてはこんな感じですが・・・やっぱり軽さは正義!
筋力の衰えをちょっと感じつつある身には、余計に正義ですね。
ヘルメットも新しくなったので、今年は快適に走れそうです。
 

2026年4月23日木曜日

古代の桜

先日、神戸新聞にこんな記事が出ていました。
 
 
神戸市の西部で、鍵穴型の前方後円墳と言えば、何と言っても五色塚古墳が群を抜いて有名ですが、環濠も含めてきっちり残っている前方後円墳としては、王塚古墳(桧笠岡王塚古墳)も地元では有名です。
花見のスポットとしても知られていて、すぐ近くに友人が住んでいることもあり、花見に行った事もある場所なんですが、その桜が古代中国原産の新種だったとは。
いや、厳密には、花見をした頃に咲いていた古墳外側の公園の桜はソメイヨシノで、古墳の中の遅咲きの桜が新種ですね。
公園の桜もかなり綺麗な場所ではありますが、古墳内でそんな歴史が紡がれていたとは。
確かに、「あそこの桜は長いこと咲いてるんよな~」なんて話があったのは覚えていますが、環濠が残っているだけに水が常時あるので、その影響で冬に冷え切らないのか、地面の温度が温かくなるのが遅れるのか、なんて勝手に思っていました。
びっくりですね。
身近な所にも歴史はあるものです。
 
参考:
 

2026年4月17日金曜日

99.7%

99.7。
これに近い題名のドラマがありましたが・・・
それに匹敵するドラマになるかもしれない事件が。
先日、KDDIの子会社ビッグローブと、さらにその子会社であるジー・プランで、広告代理事業の売上の99.7%が架空取引であったというニュースがありました。
プライム上場の子会社であれば、それなりに内部監査や監査法人監査の網に掛けられていると思うんですが、孫会社だからそこまで厳しくなかったんでしょうかね。
それにしても99.7%とは。
プライム上場企業絡みで、こんな割合の架空取引なんて、ちょっと考えられないぐらい衝撃ですね。
最初の架空取引があった2019年3月期には4億円でした。
これはこれで凄い額ではあるんですが、2020年3月期には11億円、2021年3月期には24億円、2022年3月期には88億円。
倍々ゲーム以上ですね。
そして2025年3月期には824億円。
エグい額に成長しました。
転がりだした雪だるまは止まるところを知らず、大きくなり続ける。
雪だるま式をそのまま数字で表現したような架空取引額ですね。
しかも主導していたのは2人とか。
最初は一時凌ぎのちょっとした悪事だったと思いますが、やがて関与した広告代理店が21店にまで膨んでしまうわけです。
凄いというか、何というか・・・
これに違和感を感じたのが、当時の社長のみというのも、また凄い話ですね。
社長の危機管理能力が優れていたのか、他の役員がのんびりしていたのか。
日本を代表するような企業でも、意外とそんなものなのかも知れませんね。
 

2026年4月12日日曜日

RYOFU

先日、電車の中で横目に「RYOFU」という字がチラリと見えました。
「RYOFUって呂布って読めるなぁ」なんて考えながらよく見てみると、
まさに呂布!!
宝塚歌劇団で呂布をやるそうな。
 
 
武将として最強の称号である飛将とも称された呂布を宝塚で演じるとは、なんか意外ですね。
王道の劉備や諸葛亮以外では、宝塚っぽいイメージで考えると、美男美女の夫婦で短命の周瑜とか、人間的な振幅の大きい曹操とかが、生涯にドラマ性もあって描きやすそうですし、男役にもフィットしそうなんですぐ思い浮かぶんですが、偉丈夫呂布とは驚きです。
生き様に関してはイベント盛り沢山で魅力的ですし、貂蝉との話もあるんですが、男役で猛将の威圧感が出せるのか、そこに凄く興味がありますね。
どのように見せるのか、舞台演出の腕の見せ所。
宝塚歌劇団の公演は見た事が無いんですが、その1点でけで見てみたいですね。
 

2026年4月8日水曜日

イラン戦争停戦

3月から続いていた、アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃ですが、現地時間の7日夜、トランプ大統領が停戦に合意したと発表しました。
合意項目には詰めが必要と考えられますから、これが全面停戦に移行するのか、再び攻撃となるのか、まだ流動的です。
とは言え、これでひとまずは安心といったところでしょう。
その一方で、このイランへの攻撃とホルムズ海峡の封鎖の期間に発揮された、日本の調達能力の高さに驚きました。
オイルショック以来、上流権益の確保とリスク分散に力を注いできた先人たちに感謝ですね。
そもそも国家備蓄の量が他国に比べてかなり多いんですが、筆頭株主が経産省大臣というINPEXが中央アジア産原油を日本向けに優先販売することを表明したり、アメリカからの調達を大幅に増やしたりと、多国がガソリン給油などを制限したりする中、供給と新規調達交渉は非常に安定していました。
またLNGは、そもそも中東依存が1割程度で、その中東分も他から追加で調達に成功しています。
ナフサやエチレンという石油産品の個々については濃淡があり、国際価格の上昇に伴う価格高騰や、流通に目詰まりが見られるようですが、これだけの危機的国際情勢の中で、この程度の混乱なら上出来ではないでしょうか。
こういう危機時のバッファについては、平時はあまり表に出て来ない話ですが、今回はそれを知ることができたのは、良かったですね。
勉強になりました。
 

2026年4月3日金曜日

殉教の政治学

辺野古沖の転覆事故で修学旅行生が亡くなって2週間以上が経ち、事業登録さえしていなかったというその杜撰な運営体制や、各種法律的にグレーな行動をしている団体へ学校が修学旅行生を預けていたことなど、お金の流れも含めて色々と問題点が浮かび上がってきました。
それは、ちょっと想像していたよりも酷いものでしたね。
このような平和教育と言う名の偏向教育は、私学に多いようで、その全容解明や資金の流れの透明化も今後は期待したいところです。
その事故に関し、様々な記事が出ていますが、その中でやや毛色の違う解説記事がありました。
 
 
この中で触れられているのが、死者の政治利用、殉教の政治学といった概念です。
日本史の中でも、カトリック世界で高山右近が殉難者の福者に列せられてたり、旧陸軍旧海軍などが壮絶な戦死を遂げた人物を戦意高揚にために祭り上げたり、ということがありましたが、改めて殉教の政治学という風に言語化されると、非常に腹落ちしますね。
カトリックが植民地獲得を目指す各国の王朝と密接に関係し、その植民地支配の試みへの防御反応として禁教されたことや、軍隊が死者を偉人化することで戦争への支持に利用したことなどを、現在に生きる我々は知っていますが、熱狂の中にいる人にはその裏は知られず、死者が非常に稀有な人として評価、崇拝されたことでしょう。
自分達の進める行動に伴って犠牲が出たことに対し、その死の責任の所在を他者に向け、自らの行動の正当化をも図る。
一石二鳥の非常に合理的な手段です。
今回、そういう言葉が簡単に出てきたことに、少し恐怖感を覚えましたね。
この団体は怖いな、と。
今後、責任問題が噴出してくると思いますが、どう対応するのか、まともに責任を受け止める空気があるのか、気になるところです。
 

2026年3月27日金曜日

ラムネモンキー

今期に放送されたドラマの中で、ラムネモンキーというドラマがありました。
微妙な年齢を迎えている大人たちが、1988年という中学生時代を辿って行くようなドラマでしたね。
マドンナ的顧問の臨時講師の愛称がマチルダであったり、紫のダブルのスーツにセカンドバックというファッションが出てきたり、タケちゃんマンが出てきたり、とても懐かしかったです。
ストーリー的にも、最後の最後で伏線を回収してハッピーエンドとなり、さり気なくマチルダの声をしていた戸田恵子が出ていたりと、色々と楽しいドラマでした。
その中で、とても印象的だったのが、主題歌。
Bialystocksの「Everyday」という曲ですが、当時の時代をノスタルジックにイメージして作曲されたと思うんですよね。
だからなのか、非常にQueen味を感じました。
ピアノとボーカルだけの出だし、そして中盤の盛り上がり方。
曲は全然似ていないんですが、ボヘミアンラプソディ的な空気を感じました。
自分がQueenを聴くようになった時には、もうフレディマーキュリーはこの世にいなかったんですが、HIVのカクテル療法が当時にあったのなら、今でも曲を創ってたんやろなあなんて感傷に浸りながら、エンディングを聴いていましたね。
おっさんにとっては、ほんわかする良いドラマでした。
 

2026年3月20日金曜日

若き日の誓い

前回は、蜂須賀正勝の家臣、というより客将格の武将として、稲田植元という武将がいたという話でしたね。
植元は、秀吉からの大名取り立ての誘いを固辞し、若年の川並衆の頃から共に活動してきた正勝と活動共にしました。
戦国時代を見ると、正勝と植元のような同格の主従というのが結構います。
細川藤孝と松井康之も、そうでしょう。
共に足利義昭を担ぎ上げた幕臣出身であり、義昭没落後は、康之は藤孝の客分だったといわれています。
後に秀吉に大名として一本釣りの誘いがあったと伝わっていますが、それを断っているのも植元と同じですね。
江戸時代になると、改易になった加藤家に代わって細川家は肥後に大封を得ますが、松井家は一国一城の例外として八代城主となり、徳川家直参の身分も持っていたといわれます。
徳川幕府公認というわけですね。
名人久太郎と呼ばれた堀秀政と、堀(奥田)直政の関係も同じでしょうか。
こちらは朋輩ではなく従兄弟ですが。
先に手柄を立てた方に協力するという約束を、幼い頃にしていたといわれています。
そして、共に信長の小姓となり、先に秀政が出世したため、直政がその補佐に回りました。
ただ、蜂須賀家や細川家と違い、堀家の場合は、秀政の孫忠俊と直政の長男直清、同じく次男直寄が対立してしまい、堀氏の嫡流は没落し、直寄の家系が大名として残っています。
この、先に出世した者を支えるという話は、加藤清正と飯田覚兵衛、森本儀太夫の間にも逸話として伝わっていますね。
戦国時代は個人の時代ですが、槍1本では精々千石取りぐらいまで。
もっと高禄の武家を立てるというのは、個人ではなく組織での仕事と言えます。
現代で言えば、芸能人や個人競技のプロ選手に近いでしょうか。
看板としては個人名が出てきますが、優秀なスタッフがいないと成り立たないわけです。
そこには、豊臣兄弟とは形が違いますが、看板となる主君と優秀なNo.2という関係が見えますね。
 

2026年3月15日日曜日

稲田植元役

「豊臣兄弟」を見ていて気が付いたんですが、川並衆として稲田植元役の配役があったのは初めてじゃないでしょうか。
ちょっと感動しました。
蜂須賀正勝は、秀吉が出てくるドラマには大抵登場しますが、その朋輩と言うべき稲田植元が出てきた記憶は無いんですよね。
同じような立場の前野長康は、武功夜話という文献の絡みもあって、それなりに主人公になっている本があったりするんですが。
この稲田植元、というか稲田家が地元兵庫県の淡路島にゆかりがあるんですよね。
なので親近感があります。
後に阿波一国を得た蜂須賀家の家老格となり、江戸時代に蜂須賀家が淡路一国を加増された際には、筆頭家老だった稲田家に預けました。
植元に伝わる話として、秀吉が植元を大名として遇しようとした際、正勝とは義兄弟の契りを結んで共に働くと約束したからと、固辞した話が伝わっています。
このような経緯で正勝の家臣的立場にはなっていますが、なんせ朋輩かつ義兄弟の間柄だったことから、客分的な扱いだったようですね。
そんな経緯があるのに、淡路島がなぜ徳島県ではなく兵庫県に編入されたかと言うと、ちょっと血生臭い事件があったから。
ここでも客分という曖昧な身分の影響が出てしまうんですよね・・・
あと、個人的には、植元について1つだけ。
割と長い間、稙元って思ってました・・・
だって諱で植って見たこと無いやもん!
 

2026年3月8日日曜日

資金調達

大量の落選者を出し、政党交付金が大幅に下がった中道改革連合では、落選者支援の金策に四苦八苦していますね。
それに関するニュースが出ています。
 
 
あれだけ裏金裏金と騒ぎ、政治資金パーティーが諸悪の根源であるかのように言っていたのは、何だったんでしょうか。
もちろん、大きな金額の処理や悪意のある会計処理をやっている議員もいて、それは裏金という扱いでもいいと思いますが、それらは起訴され、きっちりと司法で裁かれているわけです。
なのに、処理ミスかなというような額的に大したことないものや不起訴になったものであっても、与党であれば一律で裏金扱いだったんですよね。
自分達の場合は不記載扱いで、さらに今回は自分たちの政治資金パーティーもOKという。
そういうとこやぞ!
今回の衆議院議員選挙は、正にこういうダブルスタンダードが呆れられた一面も確実にあったと思います。
あと、少し気になるのは、クラウドファウンディングの方がより問題になりそうなところ。
政治資金規正法は、政治資金パーティーなどは視野に入っていてルールがきっちりとしていますが、クラウドファウンディングについては、ちょつと追い付いてないんですよね。
ネット上の処理で完結しますから、ちゃんと公表すべき個人名が追えるのか、また、企業や団体も容易に参加できるだけに、それらもきちんと追えるのか、なんて問題がありそうです。
また、各政党支部に支出するお金は、落選議員が行う支部長としての活動に対する報酬として払うことになると思うんですが、政治家活動かどうかは、実際のところ曖昧ですよね。
自民に対して舌鋒鋭く批判していた政党支部の活動内容ですが、自分達にもそれは言えるわけです。
落選議員がやるなら、尚更のこと。
結局、批判したいだけだったのかというのが、選挙後の発言から透けて見えるんですよね。
しばらくの間は、中道改革連合の支持層構築を含めた再建は、険しそうです。
 

2026年3月2日月曜日

イラン攻撃

週末に大きなニュースが出ましたね。
イスラエルとアメリカが共同して、イランに攻撃を仕掛けました。
イランとの交渉妥結の可能性が、まだギリギリ残っている段階だったので、かなりびっくりです。
何より凄いのがその成果。
会合の情報を得た上で爆撃したとされ、政権や革命防衛隊の高官クラスがまとめてやられています。
国のトップであるハメネイ師を始め、国防軍需相、司法機関トップ、革命防衛隊司令官、核プログラム担当顧問、国家安全保障会議員など、早々たるメンバーが命を落としました。
本当か嘘か分かりませんが、イランではイスラエルの情報機関であるモサドの対策部隊があったものの、その隊長がモサドの工作員だったほか、隊員の20名がモサドの工作員だったという話も出ています。
もし本当であれば、筒抜けどころの状態じゃなかったことになりますね。
ベネズエラの時も思いましたが、アメリカもイスラエルも、情報機関の能力は、他の国より頭1つも2つも抜けているようです。
恐ろしい。
 
それから、高官がまとめてやられて指揮系統や判断に混乱があるのか、イラクはヒステリックに他国へミサイルを撃ちました。
これは非常に悪手。
米軍基地がある国に撃っており、これが基地に着弾すればいいのですが、民間の施設が攻撃され、亡くなった方もいるようです。
中東とひと括りにされがちですが、中東ではシーア派とスンニ派の対立、アラブ人とペルシャ人の対立などが複雑に絡み合っていますから、このイランからのミサイル攻撃は、中東で擁護してくれる国を無くす効果が出てしまうでしょうね。
アメリカやイスラエルに、今のところは国際的に支持は無いのですが、イラクは報復で同じ土壌に立ってしまった。
ただ、政治的には悪手なんですが、軍事的には報復は士気を上げますから、どの層からその指示が出たのか、気になります。
トップ層だと、前回の反撃のように、相手国とギリギリ手打ちできるラインで報復攻撃するような判断をするように思うんですが、どうなんでしょうか。
いずれにせよ、ホルムズ海峡も危ういですし、しばらくは混乱が続きそうです。
 

2026年2月23日月曜日

東信群馬埼玉ツーリング その12

前回のあらすじ
 
念願の忍城を攻略したぞ!
埼玉の諸城を攻略して行くぜ!
 
2ヶ月以上、空いてしまいましたが、ツーリングの日記をば。
いよいよ最終回です。
菖蒲城の次に目指す場所は、岩槻城。
ここも武蔵の要衝で、太田氏が拠点としたことで有名ですね。
菖蒲城を出て、県道から圏央道の側道を通り、白岡菖蒲I.C.へ。
圏央道から東北道へと入り、一気に南下して行きます。
東北道はさすがの大動脈ですね。
道が広いし車も多い。
岩槻I.C.までは、すぐでした。
高速を降りると、トラックがバンバン通行する国道16号線に入って東へ。
少し走って元荒川の手前で北に入れば、岩槻城はすぐです。
城跡は、岩槻城址公園となっていました。
 
 
公園には大きな池と朱橋があり、広大な堀を持っていた岩槻城の趣があります。
ただし、これは後世の造成。
 
 
上の縄張図の広大な堀の右下に、新郭と鍛冶郭がありますが、城址公園はその2つの郭の跡地を中心として造られています。
本丸や二ノ丸といった中心部が市街地化してしまっているが、ちょっと残念ですね。
ただ、この城址公園にも、お城の痕跡は十分に残っています。
まずは城址碑。
 
 
この近くの新郭周辺部には、土塁と堀底道が明確に残っていました。
 
 
そのまま進んで行くと、鍛冶郭の縁部へと続いています。
 
 
さらに進んで行くと、鍛冶郭の虎口へ。
 
 
岩槻城の別名である白鶴城の碑もあります。
 
 
公園の端には、城門が残っていました。
ちみなに、どこの城門だったかは不明とのこと。
 
 
公園から西北方向へ少し歩くと、三ノ丸の東端辺りは空き地になっていました。
でも綺麗な更地で、痕跡は無くなっているんでしょうね。
 
 
この先には家々があり、少し歩いてみましたが、完全な住宅地になっていました。
三ノ丸から樹木屋敷、本丸、二ノ丸といった主郭部は、岩槻市街の中心部として市街地化されてしまっているようですね。
公園を後にし、最後に岩槻の中心部ほ通る県道2号線を走ってみると、道端に主郭部跡の碑がいくつかありました。
流れもあって、わざわざ降りて確認しませんでしたが、お城の痕跡が碑として僅かに残っているようです。
後で地図を見ると、岩槻本丸公民館なんてのもあるんですね。
また来る機会があれば、この辺りも散策したいところです。
 
岩槻を後にし、次に向かうのは川越。
小江戸とも称される城下町が有名ですが、河越城も関東戦国史においては、河越夜戦を筆頭に欠くことのできない城です。
県道2号線から大動脈の国道16号線に入り、大型トラックに揉まれながら西へ西へと進んで行くと川越市に入り、新河岸川の北東の駐車場にバイクを止めて、散策開始。
ただ、案内なんかを見ても、お城の存在感は非常に薄いですね。
川越は、小江戸川越として観光地化されており、平日というのに半端ない人出でしたが、観光地は城下町の町並みが中心で、東の城郭エリアは、観光客もまばらでした。
城好きとしては、メインターゲットは城跡なので、観光客が少ないのは有り難い。
ただ、遺構として残っているのは、僅かなのが残念なところではあります。
お城らしいものとしては、本丸御殿の一部が残っていました。
ここでは着物姿の観光客が撮影中。
 
 
このすぐ前に本丸門跡の碑が建っています。
ただし、門の痕跡は欠片も無し。
 
 
この碑の向こうは野球場なんですが、野球場一帯は初雁公園という名前だそうで、川越城の別名である初雁城の名が使われています。
本丸御殿以外では、中ノ門の辺りだけが、お城の雰囲気を持っていました。
整備によつて雰囲気重視の冠木門が建っていますが、当時は2階の櫓門が建っていたそうです。
重要な門ということが解りますね。
 
 
川越城の土木構造物として唯一残る中ノ門堀。
 
 
江戸時代の改修によって造られたらしいですが、さすが要衝ということで、堀も深いですね。
一部とは言え、なかなか壮観な規模で、往時の河越城の威容を少しは体感できました。
最後に、川越の城下町を散策。
 
 
こちらは有名な時の鐘です。
まぁ人が盛り沢山でした。
 
 
箱根でも感じましたが、首都圏の人口ボリュームというのは、やはり圧倒的ですね。
周辺観光地も一様に混み合います。
 
川越で今回の旅の目的地はすべて回りました。
川越からは、関越道、圏央道、東名高速と、結構な長距離走行を経て駿河健康ランドへ。
ここに泊まるのは何度目だろう?
静岡の定宿になりつつあります。
屋根付き駐車場と多彩な温泉の魅力は大きいですね。
最終日は、1日中雨の予報だったので、諦めの境地でチェックアウト時間まで宿でゆっくりしました。
そして、おもむろに覚悟を決め、時間に余裕を持たせたスケジュールで帰路に。
ただ、雨の中でメーターが壊れるというトラブルが発生!
こちらはかなり前に別の記事で書きましたね。
ということで、最終日の走行距離が分かりません・・・
なんか静岡からの帰りは、いつも長時間の雨に打たれている印象が強いなぁ
 
1日目:538.1km
 
  
2日目:176.6km
 
 
3日目:275.6km
 
 
4日目:約427km(推定)
 
 
総計:1417.3km(推定)
 
 

2026年2月17日火曜日

豊臣兄弟

もう1ヶ月半が経っていますが、今年の大河ドラマは「豊臣兄弟!」です。
戦国時代の中でも、屈指のNo.2として知られている豊臣秀長が主人公。
しかし、この秀長という人物、意外と史実から追いにくい人なんですよね。
特に前半生は、ほとんど史料に登場しません。
ということは、フリーハンドで描ける人物ということでもあり、ドラマとしてはやりやすいかと思われます。
脚本家がどういう描き方をするのかな?と思って見ていましたが、今のところ、上昇志向の塊だがお調子者の兄と、やや保守的ながらポイントポイントで頭が切れる弟という形。
ん?弟の方が優秀なん?
従来の秀長像とは、ちょっとイメージが違いますね。
なんか弟の方が、あれよあれよと取り立てられて出世しそうな雰囲気すらあります。
さらに、大沢次郎左衛門が信長に降る際には、秀吉が人質となり、秀長が次郎左衛門を連れて行くことに。
いや、役割反対やろ。
身内や側近が人質というのが、一般的な形ですからね。
頭の切れるトップと、実直に支えて調整するNo.2みたいな、ビジネスドラマとしても見ることができるような展開をするのかなと思っていたんですが、どうも秀長を超優秀な感じで描いて行くようです。
山本勘助があちこちに顔を出していた風林火山がそんな感じでしたね。
あれはあれで面白かったですが。
何にせよ、せっかくの戦国大河ですから、取りあえず1年間、しっかり完走して行きたいですね。