大河ドラマで通算19回目とのこと。
名場面中の名場面ですね。
今回は、タイトルにもあるように、兄弟がテーマとしてあるらしく、信長の同母弟信勝の子信澄が光秀をそそのかして本能寺の変を起こさせるという筋書きでした。
今作の信長は、叛乱を起こした自らの弟との関係と比べ、豊臣兄弟をどこか羨ましく思っていたのかもしれません。
本能寺の変直前の、信長と光秀の緊迫したやり取りも見応えがありました。
ただ、史実に照らしてみると、色々と無理筋であるのは拭えませんね。
信澄については、叛乱を起こした弟の息子という、かなり微妙な身分ながら、本能寺の変の1年2ヶ月前の馬揃えでは、信長の嫡子信忠80騎、次男信雄30騎、同じく弟の信包10騎、三男信孝10騎に続く一門衆序列5位で、信包や信孝と同格の10騎を率いています。
この序列5位というのは、信長の弟で有楽斎で知られる長益やその下の長利、信照などより上位なので、かなりの厚遇と言えるでしょう。
また、琵琶湖沿岸に大溝城を持ち、同じく湖岸の安土城、坂本城、長浜城の3城と水運で結ばれたカルテットを形成していたのは有名な話ですから、かなりの要地を任された武将でした。
宣教師の評価では、残虐という指摘もありますが、信長と同様に果断な性格であったとみられ、この厚遇は、自身に性格が似ていたからなのかもしれません。
このように、不遇を理由とするには弱すぎ、しかも、変の直後に何の動きも無いまま、光秀の婿ということで大坂城にてサクッと討たれていますから、信澄の動きに光秀との関わりが無さすぎるんですよね。
確かに光秀と共謀したという噂は市中にあったようですが、果断の武将としても対応が後手過ぎますし、変とは無関係だったんでしょう。
また、信長と信勝の兄弟関係がクローズアップされてますけど、1度叛いた後は長島で討死するまで忠実に働いた庶兄信広や、信澄と変わらない序列の信包、長島一向一揆の攻略中に討死して信長が一向宗に激怒したと伝わる信興、しれっと戦国を生き抜いた長益など、信勝だけじゃなく他の兄弟と信長の関係はどうやったんや?的なツッコミを入れたくなるんですが、それは歴史好きの悪い癖ですね笑
さて、ほぼ1年の半分で大きな山場を越えた「豊臣兄弟!」。
信玄が窒息死したり、義昭や元親が忙しいのに遠国に現れたりと、ツッコミ所は多いですが、それはそれとして、どう展開していくのか楽しみです。
