南阿波サンラインはなかなか良い道。
その出口にあった牟岐城は、城跡にまで辿り着けず。
牟岐の小さな市街地を出発し、引き続き南下して行きます。
阿南市より南の海沿いは、山が海に迫った地形が続き、その合間合間に小さな平地があるという感じで、その小さな平地に根を張った豪族が、それぞれにお城を築いていたという感じです。
その勢力の根源も、一般の豪族のような田畑でなく、木材などの山林資源や海を通じた船運や交易だったんでしょうね。
辿り着くことができなかった牟岐城や、模擬天守の建つ日和佐城もそういうお城で、この先の海部城や宍喰城も同じ。
猫の額ほどの平地では、なかなか大きな人口は養えないですから。
右手に山、左手に海を見ながら、牟岐から南西方向へ長閑な田舎道のような国道55号線を走って行けば、そう時間も掛からず海陽市街へと入ります。
以前に訪れた時は、まだ海南町や海部町という名前でしたが、今は宍喰町も含めて合併し、海陽町という町になりました。
その市街地の南に流れる海部川右岸の、海岸に近い部分に小山があり、そこに築かれたのが海部城です。
2004年にも海部を訪れていますが、その当時は調べられる情報も少なく、やむなく撤退したんですよね。
15年振りのリベンジとなります。
ただ、どこから城に登れるのかが分からず、城の周りを2周したのは、ご愛敬でしょうかね笑
鞆浦漁港の近くにバイクを止め、東側の住宅地から登城して行きます。
城跡は、津波の避難場所にもなっており、その階段からお城に登ることができるため、登るのは苦労しませんでした。
東側から登ると、最後部の南東側へと繋がっており、そこには4段の段郭が構えられていました。
まず4段目となる最下段から。
間に2段あって、最上段。
段郭としてはそこそこ広かったですね。
段郭には石垣の痕跡もありました。
北側にも比較的大きな削平地を持つ段郭があります。
そして大きな基壇が。
本丸には、しっかりとした石垣も残っています。
案内板もないので、残念ながらよく分かりませんでした。
海部城の次は、宍喰のお城です。
海部から宍喰までは約7kmほどで、しかも1本道。
あっという間に到着です。
ただ、市街地の端にある愛宕城こと宍喰南城は、ちょっと奥まった場所にあるんですよね。
ネットの情報無しでは、とても辿り着けませんでした。
15年前の事前情報ほぼ無しの状態では、辿り着くのが厳しいのは自明ですな。
国道55号線から宍喰市街の細い道に入り、城跡の愛宕神社を目指します。
これだけ道が細いと、GoogleMapサマサマですね。
愛宕神社神社は、南に参道がありました。
石垣の痕跡のようなものも確認できますが、往時のものかどうかは不明。
その代わり、残念ながらお城らしさはほぼ無し。
標高も丘と言えないほど低いので、南の宍喰川が防御の要だったんでしょうね。
つづく
参考: