摂津の多田と言えば、多田(源)満仲が入部して開墾し、武士団を形成した地。
その武士団が、以後隆盛する清和源氏の母体となったため、清和源氏勃興の地として歴史好きには知られています。
家系を辿ると、満仲の長子が大江山の酒呑童子退治で知られる頼光で、藤原道長と結びつき、その武官的な立ち位置で出世しました。
同じく三男の頼信も道長の側近として活躍し、河内に根拠地を築いたため、頼信の家系は河内源氏と呼ばれます。
この頼信の嫡男が、八幡太郎として知られる義家で、父子は前九年の役、後三年の役を経て源氏の棟梁としての地位を確立して行くわけですね。
義家以降は義忠、為義、義朝、頼朝と続きます。
その清和源氏の祖廟とも言える多田神社が、民事再生とは。
ニュースによると、前宮司が神社の不動産や宝物を担保に融資を受け、個人的に流用していた模様。
この辺りの詳しい情報は、これから出て来るのか不明ですが、由緒ある神社でも、経営者たる宮司次第では、こんな状況になってしまうんですね。
宝刀鬼切丸を始め、それなりに観光資源も持っていたはずで、経営的には他の無名の神社よりかなり恵まれていたと思うんですが。
神社も寺院も、経営が難しい時代にはなっているんですが、頑張って立て直して欲しいですね。
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