2014年8月18日月曜日

ぶらり大阪・奈良日帰り その3

前回のあらすじ

暗峠の坂道ハンパねぇ!
国道308号線を辿るのはハンパに終わったぜぇ!
 
国道308号線を辿っていくのは諦めたので、迷う心配のない阪奈道路に出て、奈良市街を目指します。
そして、この日帰りの旅の最終目的地、若草山へ。
奈良市街を走るのは何年振りか。
相変わらず他府県ナンバーの車が多いですが、平日という事もあって流れは快調です。
奈良県庁の所まで直進して左折すれば、懐かしい多聞山城への道です。
あの時は迷った(笑)
今回は、そこまで北上せずに案内に従って右折し、正倉院の裏を通って奈良奥山ドライブウェイへ。
平日ながら、観光道路だけあってちらほらと車が入っていきます。
料金所を出てすぐ路肩に止め、チケットをポケットに入れつつ、ちょっと上りの山道で楽しみたいので前車との空きを確保してからいよいよ突入。
若草山までの距離はそれほど無く、グングンと上って行くと、あっという間に奈良市街が小さくなっていきます。
走りながらチラチラ見てみると、なかなかの眺め。
東大寺の大仏殿が奈良らしい景色の駒として目立ってますな。
そうこうしている内に、若草山頂上の駐車場に到着です。
ビジーシーズンには、この駐車場で空き待ちの渋滞もあるとか。
この日はギリギリ桜のシーズンでしたが、時間も早く、余裕でした。
駐車場からは、徒歩5分ほどで若草山の山頂です。
春霞が入ってますが、良い眺め(^^)

 
この若草山の山頂を出て、正倉院の方向へ引き返すのではなく、春日山原始林のある奥へと進むと、この部分は有料道路ながら未舗装の道となります。
有料道路という管理がしっかりした道で、未舗装。
これですわ、これ。
未舗装に慣れないまま、いきなり林道アタックするのは気が引けたので、万一の事態でもどうにかなるであろうこの道。
林道ド素人の俺には相応しいデビューの場。
恐る恐る入ってみましたが、なんてことはなく普通に走れました(^^)
200kgという重さなんで、ジャリジャリと車体が流れていったりする下りは鬼門かと思われましたが、下り自体が無かった(笑)
デビューには穏当ですな。
少し車体が流れるのを制御しながら走るというのもオンロードには無い感覚で、新鮮な愉しみがありました。

 
上は春日山原始林の遊歩道入口。
しかし、一方通行の奥山コースはともかく、舗装されてる高円山コースでも前後どころか対向すら車が無かったんやけど、経営は大丈夫なのか?
他人事ながら、心配しましたわ(^^;)
でも、高円山コースは車の影もないし、走る道としてはとても楽しそうやなぁ
遠いからめったには来れんけども・・・
 
参考:
若草山
鶯塚古墳
奈良奥山ドライブウェイ

地図付きはこちら
 

2014年8月12日火曜日

ぶらり大阪・奈良日帰り その2

前回のあらすじ

若江城より阪神高速神戸線の横転事故の方が印象深くなっちまったぜ・・・
 
さて、若江を後にして向かうは、メインディッシュの暗峠です。

若江城跡の若江公民館分館からそのまま東に向かえば、外環と呼ばれる国道170号線に出るわけですが、バイパス道を走っても面白くないので、更に東に進んで、国道170号線の狭い旧道に入ってみます。
旧道といっても、管轄的にはまだ国道扱いみたいですね。
いや~、しかしこの道は予想通り狭苦しい道。
でも下町の風情は抜群!
しかし、バイクなら苦じゃないけど、車なら嫌やな~、なんて思いながら走ってると、途中で一通の文字が・・・
国道でまさかの一通とは。
結局バイパス道の方へ戻されました。

ここからは国道170号線で新町の交差点まで進んで、右に曲がればもう国道308号線へと出る道です。
箱殿の交差点を過ぎればグングンと上ってく道。
大型のバイクはやっぱり上りよな~
ストレス無くグイグイ上って行けるのが気持ちいい(^^)
しかし、近鉄奈良線を越えると、道が狭路へと変貌します。
大阪側の峠入口部分は下り一方通行。
国道なのに一通って、ここもか!
恐るべし河内!
峠道の道中などは、写真を撮って気分がブツ切りになるのが嫌なので写真は無いんですが、入口部分の複雑な迂回路案内はネット上に転がってます。
え?そんなに迂回?と聞きたくなるような、工事か!ってぐらいの迂回です。
そして迂回の果てに出る道が私道レベルの道。
いや~噂に違わず酷道ですな(笑)
あとはこの道を上って行くだけですが、車は絶対にすれ違うことができない道幅。
バイクで良かったですわ(^^;)
車ですれ違うとなったらストレスで禿げそう・・・
しばらくエゲつない上り道を上って行くと、ようやく到着しました。
国内国道最大斜度と呼ばれる地点。

 
私道じゃないですよー
国道ですからね、国道。
山城に行くときなんかはたまに見るような道ですけど、でも国道。
ペットボトルを立てて角度が判るようにしようと立てたら、ペットボトルが転がるという・・・
仕方なく寝かせました(^^;)
いや~凄まじい!
写真より実物を見たほうが迫力があるというのを伝えられないのが残念ですけどね。
バイクで行く人は立ちゴケに気を付けてください。
途中で止まるとバランスを崩し易そうです(^^;)
それにしても、恐ろしい傾きだ・・・

そこから更に上って行ったところが暗峠。
石畳に歴史を感じることができますね。

 
よく写真になってるのはこっち側かな?
反対側の奈良側からはこんな感じです。

 
しかし、あの坂を延々と登り続けた江戸時代の人は大変やったやろなぁ
峠の茶屋がどれだけ有り難かったか、想像に難くありません。
ま、今でも暗峠では峠の茶屋が現役なんですけどね。
奈良側の信貴生駒スカイラインをくぐった先に店があります。
 
暗峠の峠部分を越えて奈良側に入ると、酷道と名高い308号線もちょっと試練の手を緩めてくれます。
よくある国道の山道部分という程度に。
そして順当に南生駒に出れば、暗峠の峠道も終わりです。
ただ、このまま308号線で奈良市に出ようとすると、こちらもなかなかツラい道。
何がツラいって、国道の標識がほとんど無い!
南生駒の駅周辺で山越えの国道入口を探して迷ったのを手始めに、南山手台のところで国道表示が無いから勘で曲がってみたら正解とか、その先が暗峠ほどではないにしても私道レベルとか。
結局、後で地図で確認してみると、部分部分で国道を外れてまた戻るというルート選択をしてました。
なんとなく広そうな道を選択すると、国道から外れてしまうというのが国道308号線の標準なのか。
阪奈と第二阪奈あるからもうええやん!
的な声にならない主張が聞こえるようです(笑)
 
参考:
暗峠
 

2014年8月5日火曜日

物語ちっくに愛たい兵庫・ブロガー旅行記

今年もブロガーの募集があったので、今日、応募してみました。
今年は物語ちっくに愛たい兵庫と題し、映画や本といった作品のロケ地や所縁の地を巡るというテーマになっています。

http://www.hyogo-tourism.jp/aitai-dramatic/blogger/
 
締め切りは、今日!
いつもの事ながら、早よ出しとけよって話ですが(笑)

しかし、兵庫を舞台にした物語や映画も多いものやねぇ
映画のラストサムライがあまりにも有名ですけど、るろうに剣心や八重の桜、江、超高速!参勤交代なんかのロケもあったんですな。
姫路城なんかは、各地にフィルムコミッションができる前からロケ地として有名で、暴れん坊将軍のオープニングバックが姫路城だったのは今でも覚えています。
そういえば、竹田城を知るきっかけになったのも、天と地とのセットが竹田城に組まれたからでしたっけ。
なつかしい(^^)
確か春日山城のセットだったと思います。
春日山城は石垣の無い土の城やないかい!
というという無粋なツッコミは無しの方向で(笑)
あれがあって駐車場なんかが整備されたという話なんで・・・
駐車場が整備されてなかったら、竹田城は今みたいに注目されず、今も深い山中に眠る秘められた名所だったのかなぁ

兎にも角にも、応募だけはしてみたので、運が良ければ当たるかも、ですな。
ただ、一番大事なアクセス数が少ないという致命的な部分は、どうしようもないけども(笑)
 

2014年8月4日月曜日

ぶらり大阪・奈良日帰り その1

筆が遅いのは相変わらずで・・・
4月に大阪と奈良を日帰りツーリングしてきたので、その記録を。
 
4月も半ばを過ぎると、ようやく早朝出発にも耐えられる気温となってきます。
神戸からだと直線100kmほどの奈良というのは、日帰りには丁度良い距離。
 +管理のしっかりした有料道路で未舗装路を体験。
   +悪路でも気にしない車種で暗峠なる酷道を体験。
     +河内は車で回ったけど若江はスルーしたんよな。
という蓄積された様々な理由から、大阪奈良の日帰りツーリングをすることに。
暗峠は、どうも入口が狭路の一方通行なので、ここだけはしっかりと予習。
あとはなんとかなるべや~

決行日、出発したのは午前6時前。
さすがにまだまだ寒い。
装備的には、陽が出るまでは冬用装備で行かないと持ちませんな。
阪神高速神戸線から環状線、東大阪線と乗り継いで行く予定でしたが、なんと神戸線で渋滞・・・
こんな時間に?
今日は週始めでもなければ週末や五十日でもない平日。
どこに渋滞する要素が・・・と思いながら渋滞で止まった車列を1kmほどすり抜けていくと、なんと1.5車線に渡って横転した大型車と薙ぎ倒されかけた街灯が。
これは完全に通行止め行きですわ。
朝のラッシュ時間に復旧は無理ちゃうか?
仕事で大阪向かう人は、今日は大変な1日になりそうやな。
しかし、幸いな事に、事故してからそんなに時間が経っていないのか、警察や救急車は来ておりません。
運転手の人も軽症だったのか無傷だったのか、普通に車外で電話をしていました。
何より、事故の規制がまだ始まっていない。
今がチャンス。
バイクの機動力を生かして路肩を抜け、なんとか無事に通過できました。
規制されてたら、抜けてもラッシュ時間に掛かってくるし、通行止めなら尚更のこと、相当な時間のロスになるので、ツーリングを中止してたやろなぁ
ギリギリのところで運が良かった(^^;)

この事故現場を過ぎた後は、時間が時間ということもあって渋滞にも遭わず、7時過ぎに荒本に到着。
マクドナルドで朝マックを頂きます。
頂いてみたが・・・
これ高ぇよ・・・
なんだろうなー、牛丼屋の朝定のほうがお徳感がある。
完全に個人的好みではあるけども。
でも、マクドのいいところは、奥まった席で腕を組みながら仮眠が取れるところ。
奥まった2人掛けテーブル4つが、自分を含む仮眠客4人に占領されてて面白かった(笑)

8時を過ぎ、そろそろ朝のラッシュの波が和らいできた頃、マクドから再始動して、向かうは若江城。
この近くは何度か通ってるものの、駐車する所も無いのでなかなかちゃんと見る機会が無かった。
ようやくの訪問ですな。
まぁ城といっても、市街地だけに遺構は何も残ってないんですがね。
案内板と石碑があるばかりですが、これを見つけると、取り敢えずは城に来たと、満足感があります。
若江城の案内板は、若江公民館分館の場所にあり、自分が行った時は朝早くでチェーンが掛かってましたが、昼間なら車1台分ぐらいは止めても大丈夫そうでした。
公民館にあった案内板がこれです。

 
この向かいに小さな社があり、そこにもいくつか石碑がありました。

 
明治頃までは遺構も残っていたようなんですけどね。
今は完全に市街地に埋没し切ってますな。
お寺なら何か痕跡があるかなと思って近くの蓮浄寺にも寄って見ましたが、ここも市街地の寺で境内も狭く、歴史を辿れるようなものはありませんでした。
 
さて、いよいよ次は酷道308号線へ!
国道最大斜度といわれる坂を体験してやろうじゃないか!!
 
つづく
 
参考:
若江城

地図付きはこちら
 

2014年7月28日月曜日

裁判員裁判

先週24日、裁判員裁判に関して、次のようなニュースがありました。

http://topics.jp.msn.com/flash/article.aspx?articleid=5189522

簡潔に言うと、検察の10年という求刑の1.5倍の懲役刑が裁判員によって出され、最高裁が公平性を考慮して10年と8年に軽減されたという記事です。
まぁ裁判官の話はある程度の説得力があるんですが、ちょっとなんだかなぁという気が。
正直な話、それなら裁判員いらんやん!
という感想はどうしても持ってしまいますね。
そもそも、市民感覚を量刑に反映するというのが目的の制度で、それ以前から裁判官の出す量刑と市民が考える量刑に差があったというのは数々の調査で判明していますが、あとでちゃぶたい返しして結局裁判官の価値観で量刑を出すなら、最初からいらないのでは?という話にも説得力が出てきてしまいます。
実際、自分の身内もニュースを見ながら、いらんやんって言ってたし・・・

確かに、この事件は過去の同様の事件に比べて刑が重いですし、裁判の素人たる裁判員が少数で結論を出すとなると、独特の雰囲気で声の大きい人間が主導してそれに引きずられたり、感情的な判断が出ることも有り得る話でしょう。
求刑の10年に対し、父親を10年としたのも、裁判官の配慮が窺えます。
求刑の年数がそのまま出されることはあまり無いですから。
そして、過去の判例とのバランスも大事です。
でも、裁判員は、人によっては事件の証拠写真でトラウマになるほどの難しい判断を、考えてちゃんと出したと思うんですよ。
加害者の事も被害者の事も、色々考えながら。
幼児虐待が問題になって、幼児への事件は刑が重くなる傾向にはあります。
でもそれは、幼児虐待に対する世間の目が厳しくなってきたという表れではないでしょうか。
それなのに、裁判員制度導入前の、法曹の価値観で出された判例とのバランスを取ろうとすると、市民感覚を取り入れるという目的が無駄になるような気がします。
量刑を軽くするにしても、裁判員があえて求刑より重い量刑を出した、その意思を尊重して欲しかったというのが個人的な思いですね。
この話は、専門家でも両論あるようで、まだまだこれから判例を重ねてほど良い落とし所が見付かってくるとは思いますけど、ちょっと考えさせられる話ですな。
 

2014年7月22日火曜日

軍師官兵衛のオープニング

相変わらず、地元民として毎週欠かさず軍師官兵衛を見ているわけですが(地元のクセに清盛は見てなかったやないかい!)、毎度毎度、タイトルの最後の方に出てくる滝にどうも見覚えがあると気になってました。
ちょっと特徴のある滝なんですが、どこかで見たことある気がするんやけどな~、と。
最近、開始後半年経って(笑)、ようやく、あの滝やないかい!と閃きました。
名は飛龍の滝。
名前、かっこええな~
ちょっとググってみたら、神戸新聞でも記事になっていました。

http://www.kobe-np.co.jp/news/seiban/201401/0006616822.shtml
 
かれこれ7年も前になりますが、この滝に行ったことがあります。
その時の写真がこれ。

 
ちょっと大河ドラマと角度が違いますが、なかなかのお気に入り写真で、パソコンのスクリーンセーバーの写真の1枚になっています。

 
こっちの正面からの写真の方が、まだ大河ドラマのオープニングに近いかな?
画的には、もう少し右側から、且つもっと接写の位置からのアングルかと思われます。
そして、夜間にプロジェクションマッピングで撮ったそうな。
年間通して使うものだけに、金が掛かっとりますな!
ちなみに、飛龍の滝は3段構成で、2段の小滝もあります。

 
この滝は、佐用にあります。
そう、もうドラマでは過ぎ去りましたが、上月城の攻防があった辺りです。
この滝から千種川を挟んだ北西の向かいに浅瀬山城があり、更に同じぐらい北西に上月城があります。
秀吉が上月城を攻撃した頃のこの浅瀬山城主は、上月恒織という武将でした。
官兵衛の義姉の夫でドラマにも登場する上月景貞と同じ、赤松庶流の上月氏の一族でしょうな。
当時は、上月城主赤松政範に従っており、恒織は秀吉軍を急襲しますが、返り討ちにあって討死し、その余勢を駆った秀吉軍によって城は陥落したと伝わっています。
今、その浅瀬山城の中腹にあるのは、笹ヶ丘公園と笹ヶ丘荘。
一時、全国に日本一のすべり台というのがたくさん造られた時代がありましたが、笹ヶ丘公園にも一時は日本一のタイトルホルダーだった長いすべり台がありました。
今は老朽化でそれも撤去され、やや短くなったすべり台が設置されてます。
お子様連れにとても楽しい公園となっております。[PR]
歴史好きの大人の方は、笹ヶ丘荘やロッジに泊まって、上月城や浅瀬山城、飛龍の滝などを廻るのもいいものですよ[PR]
 
でも大人の人がすべり台を滑る時は気をつけて!
調子に乗って滑ってると、尾骨の辺りの皮がヤられるから!!
そのまま温泉に入った日にゃ、沁みて落ち着いて入ってなんていられないからー!!!
 
参考:
飛龍の滝
浅瀬山城

地図付きはこちらから
 

2014年7月16日水曜日

なんでも差別にすればいいってもんじゃないよな

特に題名が思い浮かばなかったので、
「愛のままにわがままに僕は君だけを傷つけない」
的な、文章のような題になってますが(笑)、ツイッターでこういう画像が拡散されてる模様です。

 
少し前のツイートのようですが、なんだかなぁという感じです。
テレビに出るような著名な方が、故意か不作為かは別として、脱税なんてしてる段階で自覚が足り無さ過ぎて自分内では「ない」人なんですがね。
個人的には、差別ってのは個人の努力でどうにもならない理由で区別される事、つまり人種や民族、障碍などで不当な扱いを受ける事だと思うんです。
刺青がそれに当たるか?というと大変に疑問です。
数年前に、義父か母親の交際相手だったかに無理やり刺青を彫られた子供がいたという事件がありましたが、そういう犯罪の例を除いて、基本的には自分の意思で入れているはずなんです。
好きで入れている人は、場所場所で制限を受けることを覚悟の上で入れている方がおられます。
そういう人は、刺青を入れようなんて思わない自分でも、立派だと思うし、尊敬もできます。
また、刺青を見せてはいけない場面ではきちんと隠すなど、周囲に対する配慮も行き届いていることが多いです。
意外とヤクザの方も、ちゃんと長袖を着用して気遣いできる方が多い印象ですね。
堅気の人には迷惑を掛けないっていう昔気質の人もいるんでしょうな。

でも、そういう不利な扱いを覚悟し切れていない人が、チラホラといるようで。
その人にとってはファッションや誇りでも、他人から見れば威圧感を感じることもあります。
そういう威圧感に対する対処で不利な扱いを受ける、そういうのを甘受する覚悟が足りないだけのようにしか見えない。
少し前に須磨で刺青やタトゥーが禁止されましたが、ファッションやからいいやんと言ってた人なんかは特にそう感じますね。
ファッションとして自信を持って貫くなら、それに付属する不都合もしっかり受け止めろと。

1年ぐらい前ですか、北海道か東北か忘れましたが、どこかの外国の少数民族の方が来日して、その方は民族的な風習から全身に刺青を入れていたようですが、温泉施設で入浴を拒否されて残念という話がありました。
これは、民族的なものなので差別のようにも見えますが、これに関しては本質はまた別だと思うんです。
国際交流や異文化交流ってのは、自分の文化のゴリ押しではなく、相手の文化に対する理解だと思うんですよ。
日本人は肉を食べるので、牛肉や豚肉がおしいしいことは知っていますが、それをインドやイスラム圏で同じようにできるか?と考えてもらえれば分かり易いですかね。
日本人にはそういう牛や豚に対して神聖や不浄という考えがないので、外国で食べることは罪にはならないかも知れませんが、間違いなく周囲の人に不快感を与えるでしょう。
特に原理主義的なイスラム国なんかでやった日にゃ、とんでもない目に遭うかもしれません。
でも、とんでもない目に遭っても、大抵の日本人は、そりゃそんなハタ迷惑なことをするからやん、と同情さえしてくれないんじゃないでしょうか。
相手の文化圏に対して無理解なのは明白ですからね。
キリスト教を信仰する欧州人でも、イスラムに行けばスカーフで顔を覆います。
それがイスラム圏では一般的だからです。
日本ではOKだけど外国ではダメ。
その反対もしかり。
そういう事を知る、理解するというのが異文化交流。
「郷に入っては郷に従え」
なんと本質を突いた言葉なんでしょうか。
まぁ実務上の問題で言えば、その少数民族の方を招いた運営側がダメなだけなんですけどね。
温泉施設と言っても全部が全部ダメじゃなくて、緩い所もあるし、家族風呂があるところもあるし、何とでもやりようがあったはず。
そういう実務上の不手際をすり替えて声高に主張されても、ね。
また、その少数民族の方がどう思ったかは分かりませんが、自分の民族の文化を発信する以上、日本人は刺青に対して威圧感を持つという他民族への理解も必要でしょう。
 
話がややズレましたけど、歴史的に見てみれば、日本人と刺青というのは深い繋がりがあります。
なので、自分には刺青自体には特に偏見がありません。
史料から引っ張り出してみると、例えば有名な魏志倭人伝には、倭人男子は皆黥面とあります。
黥(ゲイ)とは刺青のことです。
フォントが小さいと鯨に見えますが(笑)
ちなみに、項羽と劉邦の時代に黥布という武将が出てきますが、元の名は英布で、罪人として刺青を入れられたことから黥布と呼ばれるようになりました。
時代は数百年離れていますが、日本人は皆黥面、つまりは日常で、中国では罪としていれられるもの、という違いがあることが分かります。
中国人から見て自分らと異なる風体だからこそ文献にも残ったわけで、中国にも刺青をする民族はいましたが、中央政権の人達から見れば異風だったわけですね。
一方日本では、刺青には個体識別や呪術的意味など、見解は色々とあるようですが、有史以前から刺青に親和性があったのは間違いないです。
それがいつ頃、威嚇の対象となったのか。
残念ながら、ちょっと調べた限りでは、詳しく説明している資料はありませんでした。
裏付けも何も無い個人的推察としては、江戸時代の前科者に刺青が入れられたこと、漁業なんかの海の男や侠客の間では粋でイナセで威勢が良くて傾(カブ)くのを好んだことから来てるのかな、と。
前科者はもちろん恐れの対象になります。
海の男の場合は、溺死した時に個体を識別するという実用性のほか、命を掛けて漁に出ることから気性が荒く、しかも自己主張が激しい。
その自己主張と傾き者の精神から、多彩な刺青を競い合ったのではないでしょうか。
義侠や侠客もまた同じ。
農民や町民からすれば、自分らの生活圏からは少し離れた人達で時に喧嘩などで物騒なこともする、という認識だったかもしれません。
そして、近代には侠客の流れを引くヤクザ者に受け継がれていったのではないですかね。
やがて時は過ぎ、昭和の時代にはすっかり暴力団の専売特許へ。
その頃は、素人と見分ける実用的な意味もあったんでしょうけどね。
ただ、今は暴力団もボーダーレスの時代で、彫り物をしない暴力団構成員が増えてるかと思えば、一般人でもヤクザ顔負けの凶悪犯罪を起こす輩もいる、そんな時代です。
素人さんには迷惑を掛けないっていう昔気質はどこへやら。

そういえば、小学生の頃に天橋立で泳いでたら、数十人の彫り物の人がいたな~
当時は刺青をした人達程度にしか思わなかったけど、今ならヒビって泳げんわ(笑)
ってか今時はすぐ通報されそう。
思えば大らかな時代でしたな。
昇り龍や鯉なんかを彫った人が、
「よっしゃ、海に泳ぎに行くか!」
「おぉ、ええなぁ!行こうや行こうや!」
なんて爽やかに言ってる場面を想像するとなんだかお茶目です(笑)