2026年4月8日水曜日

イラン戦争停戦

3月から続いていた、アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃ですが、現地時間の7日夜、トランプ大統領が停戦に合意したと発表しました。
合意項目には詰めが必要と考えられますから、これが全面停戦に移行するのか、再び攻撃となるのか、まだ流動的です。
とは言え、これでひとまずは安心といったところでしょう。
その一方で、このイランへの攻撃とホルムズ海峡の封鎖の期間に発揮された、日本の調達能力の高さに驚きました。
オイルショック以来、上流権益の確保とリスク分散に力を注いできた先人たちに感謝ですね。
そもそも国家備蓄の量が他国に比べてかなり多いんですが、筆頭株主が経産省大臣というINPEXが中央アジア産原油を日本向けに優先販売することを表明したり、アメリカからの調達を大幅に増やしたりと、多国がガソリン給油などを制限したりする中、供給と新規調達交渉は非常に安定していました。
またLNGは、そもそも中東依存が1割程度で、その中東分も他から追加で調達に成功しています。
ナフサやエチレンという石油産品の個々については濃淡があり、国際価格の上昇に伴う価格高騰や、流通に目詰まりが見られるようですが、これだけの危機的国際情勢の中で、この程度の混乱なら上出来ではないでしょうか。
こういう危機時のバッファについては、平時はあまり表に出て来ない話ですが、今回はそれを知ることができたのは、良かったですね。
勉強になりました。
 

2026年4月3日金曜日

殉教の政治学

辺野古沖の転覆事故で修学旅行生が亡くなって2週間以上が経ち、事業登録さえしていなかったというその杜撰な運営体制や、各種法律的にグレーな行動をしている団体へ学校が修学旅行生を預けていたことなど、お金の流れも含めて色々と問題点が浮かび上がってきました。
それは、ちょっと想像していたよりも酷いものでしたね。
このような平和教育と言う名の偏向教育は、私学に多いようで、その全容解明や資金の流れの透明化も今後は期待したいところです。
その事故に関し、様々な記事が出ていますが、その中でやや毛色の違う解説記事がありました。
 
 
この中で触れられているのが、死者の政治利用、殉教の政治学といった概念です。
日本史の中でも、カトリック世界で高山右近が殉難者の福者に列せられてたり、旧陸軍旧海軍などが壮絶な戦死を遂げた人物を戦意高揚にために祭り上げたり、ということがありましたが、改めて殉教の政治学という風に言語化されると、非常に腹落ちしますね。
カトリックが植民地獲得を目指す各国の王朝と密接に関係し、その植民地支配の試みへの防御反応として禁教されたことや、軍隊が死者を偉人化することで戦争への支持に利用したことなどを、現在に生きる我々は知っていますが、熱狂の中にいる人にはその裏は知られず、死者が非常に稀有な人として評価、崇拝されたことでしょう。
自分達の進める行動に伴って犠牲が出たことに対し、その死の責任の所在を他者に向け、自らの行動の正当化をも図る。
一石二鳥の非常に合理的な手段です。
今回、そういう言葉が簡単に出てきたことに、少し恐怖感を覚えましたね。
この団体は怖いな、と。
今後、責任問題が噴出してくると思いますが、どう対応するのか、まともに責任を受け止める空気があるのか、気になるところです。
 

2026年3月27日金曜日

ラムネモンキー

今期に放送されたドラマの中で、ラムネモンキーというドラマがありました。
微妙な年齢を迎えている大人たちが、1988年という中学生時代を辿って行くようなドラマでしたね。
マドンナ的顧問の臨時講師の愛称がマチルダであったり、紫のダブルのスーツにセカンドバックというファッションが出てきたり、タケちゃんマンが出てきたり、とても懐かしかったです。
ストーリー的にも、最後の最後で伏線を回収してハッピーエンドとなり、さり気なくマチルダの声をしていた戸田恵子が出ていたりと、色々と楽しいドラマでした。
その中で、とても印象的だったのが、主題歌。
Bialystocksの「Everyday」という曲ですが、当時の時代をノスタルジックにイメージして作曲されたと思うんですよね。
だからなのか、非常にQueen味を感じました。
ピアノとボーカルだけの出だし、そして中盤の盛り上がり方。
曲は全然似ていないんですが、ボヘミアンラプソディ的な空気を感じました。
自分がQueenを聴くようになった時には、もうフレディマーキュリーはこの世にいなかったんですが、HIVのカクテル療法が当時にあったのなら、今でも曲を創ってたんやろなあなんて感傷に浸りながら、エンディングを聴いていましたね。
おっさんにとっては、ほんわかする良いドラマでした。
 

2026年3月20日金曜日

若き日の誓い

前回は、蜂須賀正勝の家臣、というより客将格の武将として、稲田植元という武将がいたという話でしたね。
植元は、秀吉からの大名取り立ての誘いを固辞し、若年の川並衆の頃から共に活動してきた正勝と活動共にしました。
戦国時代を見ると、正勝と植元のような同格の主従というのが結構います。
細川藤孝と松井康之も、そうでしょう。
共に足利義昭を担ぎ上げた幕臣出身であり、義昭没落後は、康之は藤孝の客分だったといわれています。
後に秀吉に大名として一本釣りの誘いがあったと伝わっていますが、それを断っているのも植元と同じですね。
江戸時代になると、改易になった加藤家に代わって細川家は肥後に大封を得ますが、松井家は一国一城の例外として八代城主となり、徳川家直参の身分も持っていたといわれます。
徳川幕府公認というわけですね。
名人久太郎と呼ばれた堀秀政と、堀(奥田)直政の関係も同じでしょうか。
こちらは朋輩ではなく従兄弟ですが。
先に手柄を立てた方に協力するという約束を、幼い頃にしていたといわれています。
そして、共に信長の小姓となり、先に秀政が出世したため、直政がその補佐に回りました。
ただ、蜂須賀家や細川家と違い、堀家の場合は、秀政の孫忠俊と直政の長男直清、同じく次男直寄が対立してしまい、堀氏の嫡流は没落し、直寄の家系が大名として残っています。
この、先に出世した者を支えるという話は、加藤清正と飯田覚兵衛、森本儀太夫の間にも逸話として伝わっていますね。
戦国時代は個人の時代ですが、槍1本では精々千石取りぐらいまで。
もっと高禄の武家を立てるというのは、個人ではなく組織での仕事と言えます。
現代で言えば、芸能人や個人競技のプロ選手に近いでしょうか。
看板としては個人名が出てきますが、優秀なスタッフがいないと成り立たないわけです。
そこには、豊臣兄弟とは形が違いますが、看板となる主君と優秀なNo.2という関係が見えますね。
 

2026年3月15日日曜日

稲田植元役

「豊臣兄弟」を見ていて気が付いたんですが、川並衆として稲田植元役の配役があったのは初めてじゃないでしょうか。
ちょっと感動しました。
蜂須賀正勝は、秀吉が出てくるドラマには大抵登場しますが、その朋輩と言うべき稲田植元が出てきた記憶は無いんですよね。
同じような立場の前野長康は、武功夜話という文献の絡みもあって、それなりに主人公になっている本があったりするんですが。
この稲田植元、というか稲田家が地元兵庫県の淡路島にゆかりがあるんですよね。
なので親近感があります。
後に阿波一国を得た蜂須賀家の家老格となり、江戸時代に蜂須賀家が淡路一国を加増された際には、筆頭家老だった稲田家に預けました。
植元に伝わる話として、秀吉が植元を大名として遇しようとした際、正勝とは義兄弟の契りを結んで共に働くと約束したからと、固辞した話が伝わっています。
このような経緯で正勝の家臣的立場にはなっていますが、なんせ朋輩かつ義兄弟の間柄だったことから、客分的な扱いだったようですね。
そんな経緯があるのに、淡路島がなぜ徳島県ではなく兵庫県に編入されたかと言うと、ちょっと血生臭い事件があったから。
ここでも客分という曖昧な身分の影響が出てしまうんですよね・・・
あと、個人的には、植元について1つだけ。
割と長い間、稙元って思ってました・・・
だって諱で植って見たこと無いやもん!
 

2026年3月8日日曜日

資金調達

大量の落選者を出し、政党交付金が大幅に下がった中道改革連合では、落選者支援の金策に四苦八苦していますね。
それに関するニュースが出ています。
 
 
あれだけ裏金裏金と騒ぎ、政治資金パーティーが諸悪の根源であるかのように言っていたのは、何だったんでしょうか。
もちろん、大きな金額の処理や悪意のある会計処理をやっている議員もいて、それは裏金という扱いでもいいと思いますが、それらは起訴され、きっちりと司法で裁かれているわけです。
なのに、処理ミスかなというような額的に大したことないものや不起訴になったものであっても、与党であれば一律で裏金扱いだったんですよね。
自分達の場合は不記載扱いで、さらに今回は自分たちの政治資金パーティーもOKという。
そういうとこやぞ!
今回の衆議院議員選挙は、正にこういうダブルスタンダードが呆れられた一面も確実にあったと思います。
あと、少し気になるのは、クラウドファウンディングの方がより問題になりそうなところ。
政治資金規正法は、政治資金パーティーなどは視野に入っていてルールがきっちりとしていますが、クラウドファウンディングについては、ちょつと追い付いてないんですよね。
ネット上の処理で完結しますから、ちゃんと公表すべき個人名が追えるのか、また、企業や団体も容易に参加できるだけに、それらもきちんと追えるのか、なんて問題がありそうです。
また、各政党支部に支出するお金は、落選議員が行う支部長としての活動に対する報酬として払うことになると思うんですが、政治家活動かどうかは、実際のところ曖昧ですよね。
自民に対して舌鋒鋭く批判していた政党支部の活動内容ですが、自分達にもそれは言えるわけです。
落選議員がやるなら、尚更のこと。
結局、批判したいだけだったのかというのが、選挙後の発言から透けて見えるんですよね。
しばらくの間は、中道改革連合の支持層構築を含めた再建は、険しそうです。
 

2026年3月2日月曜日

イラン攻撃

週末に大きなニュースが出ましたね。
イスラエルとアメリカが共同して、イランに攻撃を仕掛けました。
イランとの交渉妥結の可能性が、まだギリギリ残っている段階だったので、かなりびっくりです。
何より凄いのがその成果。
会合の情報を得た上で爆撃したとされ、政権や革命防衛隊の高官クラスがまとめてやられています。
国のトップであるハメネイ師を始め、国防軍需相、司法機関トップ、革命防衛隊司令官、核プログラム担当顧問、国家安全保障会議員など、早々たるメンバーが命を落としました。
本当か嘘か分かりませんが、イランではイスラエルの情報機関であるモサドの対策部隊があったものの、その隊長がモサドの工作員だったほか、隊員の20名がモサドの工作員だったという話も出ています。
もし本当であれば、筒抜けどころの状態じゃなかったことになりますね。
ベネズエラの時も思いましたが、アメリカもイスラエルも、情報機関の能力は、他の国より頭1つも2つも抜けているようです。
恐ろしい。
 
それから、高官がまとめてやられて指揮系統や判断に混乱があるのか、イラクはヒステリックに他国へミサイルを撃ちました。
これは非常に悪手。
米軍基地がある国に撃っており、これが基地に着弾すればいいのですが、民間の施設が攻撃され、亡くなった方もいるようです。
中東とひと括りにされがちですが、中東ではシーア派とスンニ派の対立、アラブ人とペルシャ人の対立などが複雑に絡み合っていますから、このイランからのミサイル攻撃は、中東で擁護してくれる国を無くす効果が出てしまうでしょうね。
アメリカやイスラエルに、今のところは国際的に支持は無いのですが、イラクは報復で同じ土壌に立ってしまった。
ただ、政治的には悪手なんですが、軍事的には報復は士気を上げますから、どの層からその指示が出たのか、気になります。
トップ層だと、前回の反撃のように、相手国とギリギリ手打ちできるラインで報復攻撃するような判断をするように思うんですが、どうなんでしょうか。
いずれにせよ、ホルムズ海峡も危ういですし、しばらくは混乱が続きそうです。
 

2026年2月23日月曜日

東信群馬埼玉ツーリング その12

前回のあらすじ
 
念願の忍城を攻略したぞ!
埼玉の諸城を攻略して行くぜ!
 
2ヶ月以上、空いてしまいましたが、ツーリングの日記をば。
いよいよ最終回です。
菖蒲城の次に目指す場所は、岩槻城。
ここも武蔵の要衝で、太田氏が拠点としたことで有名ですね。
菖蒲城を出て、県道から圏央道の側道を通り、白岡菖蒲I.C.へ。
圏央道から東北道へと入り、一気に南下して行きます。
東北道はさすがの大動脈ですね。
道が広いし車も多い。
岩槻I.C.までは、すぐでした。
高速を降りると、トラックがバンバン通行する国道16号線に入って東へ。
少し走って元荒川の手前で北に入れば、岩槻城はすぐです。
城跡は、岩槻城址公園となっていました。
 
 
公園には大きな池と朱橋があり、広大な堀を持っていた岩槻城の趣があります。
ただし、これは後世の造成。
 
 
上の縄張図の広大な堀の右下に、新郭と鍛冶郭がありますが、城址公園はその2つの郭の跡地を中心として造られています。
本丸や二ノ丸といった中心部が市街地化してしまっているが、ちょっと残念ですね。
ただ、この城址公園にも、お城の痕跡は十分に残っています。
まずは城址碑。
 
 
この近くの新郭周辺部には、土塁と堀底道が明確に残っていました。
 
 
そのまま進んで行くと、鍛冶郭の縁部へと続いています。
 
 
さらに進んで行くと、鍛冶郭の虎口へ。
 
 
岩槻城の別名である白鶴城の碑もあります。
 
 
公園の端には、城門が残っていました。
ちみなに、どこの城門だったかは不明とのこと。
 
 
公園から西北方向へ少し歩くと、三ノ丸の東端辺りは空き地になっていました。
でも綺麗な更地で、痕跡は無くなっているんでしょうね。
 
 
この先には家々があり、少し歩いてみましたが、完全な住宅地になっていました。
三ノ丸から樹木屋敷、本丸、二ノ丸といった主郭部は、岩槻市街の中心部として市街地化されてしまっているようですね。
公園を後にし、最後に岩槻の中心部ほ通る県道2号線を走ってみると、道端に主郭部跡の碑がいくつかありました。
流れもあって、わざわざ降りて確認しませんでしたが、お城の痕跡が碑として僅かに残っているようです。
後で地図を見ると、岩槻本丸公民館なんてのもあるんですね。
また来る機会があれば、この辺りも散策したいところです。
 
岩槻を後にし、次に向かうのは川越。
小江戸とも称される城下町が有名ですが、河越城も関東戦国史においては、河越夜戦を筆頭に欠くことのできない城です。
県道2号線から大動脈の国道16号線に入り、大型トラックに揉まれながら西へ西へと進んで行くと川越市に入り、新河岸川の北東の駐車場にバイクを止めて、散策開始。
ただ、案内なんかを見ても、お城の存在感は非常に薄いですね。
川越は、小江戸川越として観光地化されており、平日というのに半端ない人出でしたが、観光地は城下町の町並みが中心で、東の城郭エリアは、観光客もまばらでした。
城好きとしては、メインターゲットは城跡なので、観光客が少ないのは有り難い。
ただ、遺構として残っているのは、僅かなのが残念なところではあります。
お城らしいものとしては、本丸御殿の一部が残っていました。
ここでは着物姿の観光客が撮影中。
 
 
このすぐ前に本丸門跡の碑が建っています。
ただし、門の痕跡は欠片も無し。
 
 
この碑の向こうは野球場なんですが、野球場一帯は初雁公園という名前だそうで、川越城の別名である初雁城の名が使われています。
本丸御殿以外では、中ノ門の辺りだけが、お城の雰囲気を持っていました。
整備によつて雰囲気重視の冠木門が建っていますが、当時は2階の櫓門が建っていたそうです。
重要な門ということが解りますね。
 
 
川越城の土木構造物として唯一残る中ノ門堀。
 
 
江戸時代の改修によって造られたらしいですが、さすが要衝ということで、堀も深いですね。
一部とは言え、なかなか壮観な規模で、往時の河越城の威容を少しは体感できました。
最後に、川越の城下町を散策。
 
 
こちらは有名な時の鐘です。
まぁ人が盛り沢山でした。
 
 
箱根でも感じましたが、首都圏の人口ボリュームというのは、やはり圧倒的ですね。
周辺観光地も一様に混み合います。
 
川越で今回の旅の目的地はすべて回りました。
川越からは、関越道、圏央道、東名高速と、結構な長距離走行を経て駿河健康ランドへ。
ここに泊まるのは何度目だろう?
静岡の定宿になりつつあります。
屋根付き駐車場と多彩な温泉の魅力は大きいですね。
最終日は、1日中雨の予報だったので、諦めの境地でチェックアウト時間まで宿でゆっくりしました。
そして、おもむろに覚悟を決め、時間に余裕を持たせたスケジュールで帰路に。
ただ、雨の中でメーターが壊れるというトラブルが発生!
こちらはかなり前に別の記事で書きましたね。
ということで、最終日の走行距離が分かりません・・・
なんか静岡からの帰りは、いつも長時間の雨に打たれている印象が強いなぁ
 
1日目:538.1km
 
  
2日目:176.6km
 
 
3日目:275.6km
 
 
4日目:約427km(推定)
 
 
総計:1417.3km(推定)
 
 

2026年2月17日火曜日

豊臣兄弟

もう1ヶ月半が経っていますが、今年の大河ドラマは「豊臣兄弟!」です。
戦国時代の中でも、屈指のNo.2として知られている豊臣秀長が主人公。
しかし、この秀長という人物、意外と史実から追いにくい人なんですよね。
特に前半生は、ほとんど史料に登場しません。
ということは、フリーハンドで描ける人物ということでもあり、ドラマとしてはやりやすいかと思われます。
脚本家がどういう描き方をするのかな?と思って見ていましたが、今のところ、上昇志向の塊だがお調子者の兄と、やや保守的ながらポイントポイントで頭が切れる弟という形。
ん?弟の方が優秀なん?
従来の秀長像とは、ちょっとイメージが違いますね。
なんか弟の方が、あれよあれよと取り立てられて出世しそうな雰囲気すらあります。
さらに、大沢次郎左衛門が信長に降る際には、秀吉が人質となり、秀長が次郎左衛門を連れて行くことに。
いや、役割反対やろ。
身内や側近が人質というのが、一般的な形ですからね。
頭の切れるトップと、実直に支えて調整するNo.2みたいな、ビジネスドラマとしても見ることができるような展開をするのかなと思っていたんですが、どうも秀長を超優秀な感じで描いて行くようです。
山本勘助があちこちに顔を出していた風林火山がそんな感じでしたね。
あれはあれで面白かったですが。
何にせよ、せっかくの戦国大河ですから、取りあえず1年間、しっかり完走して行きたいですね。
 

2026年2月11日水曜日

2026年衆議院議員選挙

強烈な寒波の中、衆議院議員選挙が終わりました。
自民党の勝利を予想していましたが、現実は予想を遥かに超える圧勝とも言うべき勝利でしたね。
いや、比例枠が枯渇して他党に譲るぐらい、つまり自民党自身の予想も超えるぐらいの勝利ですから、完勝と言うべきなんでしょう。
選挙前、自民党の議席減、中道改革連合の増、あるいは横ばいを予想した評論家がいました。
自分の肌感覚とのあまりの差に、この人は何か特別な情報ソースを持ってるのか?なんて思ったりもしましたが、結局、そんなことはありませんでしたね。
その人の名は記憶に留めておくべきでしょう。
特別な情報源も無く、ただ自分の分析による予想を外しただけですから、評論家としてその程度の能力ということ。
引き続き、テレビなどに重宝されたりするでしょうから、記憶に留めなくてもデジタルタトゥーとして、事あるごとに出してこられると思いますが笑
さて、今回も様々な言葉や行動が出てきました。
自民党勝利の原動力となった「さな活」が、最も選挙に効果を発揮した現象でしょう。
その中でも、個人的に気に入ったのは、
公明の罠
三國志に登場する諸葛亮孔明が、その知略をもって敵を陥れる作戦のことを「孔明の罠」と呼び、横山三國志などでは、「これは孔明の罠かもしれない」などと、敵である司馬懿が恐れたりします。
転じて、改造マリオやマリオメーカーなどで、谷を越えようとしてジャンプすると透明ブロックが現れて谷底に落とされる現象がそう呼ばれたりしました。
歴史好きとしても、ゲーム好きとしても、非常に馴染みがあるんですよね。
今回の旧公明党を客観的に見ると、まともにやれば、小選挙区撤退や自民フレンド票が無くなることでかなりの議席減が免れない状況でありながら、比例上位独占という条件で立憲民主党と合併することで、創価学会票と立憲民主の組合票という組織票の旨味を余すことなく吸収して議席増を実現しつつ、その煽りを旧立憲民主党に請け負わせ、旧立憲民主党壊滅という惨状となりました。
まさに公明の罠!
これが選挙協力という範囲に収まっていれば、選挙互助会的な見方は少なくなり、両党の総得票数が多少は増えたでしょうし、公明党は減になるとしても、立憲民主党も比例復活等で壊滅までは行かなかった可能性が高そうなのがまた、罠っぷりを演出していますね。
ここから、さらに穿った見方をすれば、立憲民主党に安保や原発稼働といった現実的政策を飲ませたことで、立憲民主党の左派票を引き剥がすということまでやり遂げている上、次の手として、党の存続を訴えつつ不満渦巻く旧立憲民主の意見をテコに党を分裂させ、旧公明の議席増と旧立憲民主の壊滅を手土産に連立に復活するという構想を、もし連立解消の時点で考えていたのなら、斎藤代表はもう今孔明と呼ぶに相応しい策士、政治史に残る稀代の政治家ということになるんですが、これは三國志の読みすぎですかね。
埋伏の毒ってレベルじゃねーぞって話なんですが笑。
 

2026年2月7日土曜日

西松屋

1ヶ月ほど前の話になりますが、子供服チェーンの西松屋の創業者であった茂理佳弘さんが昨年末に亡くなっていたことが、報じられました。
西松屋は姫路市での創業で、現在も姫路市に本社を置く地元企業というもあって、兵庫県民としては、応援したくなる企業です。
茂理さんは、その西松屋を、姫路の大通りにあった小さな小売店から、全国チェーンにまで大きくさせた方で、言わば立志伝中の人と言えるでしょう。
ただ、その割にはあまり知られていないんですよね。
この辺りは不思議です。
また、気になるのは、地元企業というだけではありません。
ネット上で調べれば色々と分析したサイトやブログ記事が出てきますが、どこの店舗も割と、というかほぼガラガラなのに、30期連続で増収という凄い企業なんです。
どこに秘密があるのか、どんなオペレーションなのかというのは、自分に限らず社会人であれば、気になるところでしょう。
それぞれの分析サイトを見てもらえば解りますが、要は徹底的なコスト削減なんですね。
家賃地代という固定費を抑えた郊外型の店舗展開で、あの広い店舗内は2~4名程度の少人数で運営。
属人化を避けるために店舗業務を可能な限り標準化、簡素化し、衣料品などはハンガー陳列をして畳んだり移動させたりといった作業を減らすなど、新人でもすぐに経験者と同じレベルの仕事ができるようにしていたり、そのような工夫が随所に講じられています。
見せ方よりも、合理的なオペレーションや解りやすい陳列を重視する、質実剛健な運営方針ですね。
そして、さらにPBを基本とした展開で仕入れコストを削減する。
理想的な店舗運営ですね。
でも、言うは易く行うは難し。
西松屋がやっているならと、追従者が現れそうですが、それもいない。
それをできるからこその強みなんですね。
同じぐらい名前の通った赤ちゃん本舗と比べると、店内の雰囲気や商品展開の違いがよく解ります。
台湾に進出し、海外展開も始めた西松屋が、今後さらにどう伸びて行くか。
ウオッチする楽しみがありますね。
 

2026年2月1日日曜日

ニュースが衆議院選挙で占められている状況ですが、今日はレアアースに関するニュースがありました。
選挙という内政問題に目が行っていますが、外交問題では中国との軋轢が続いたままの状況。
その中で圧力カードとして使われているレアアースへの対策のひとつとして、レアアースが含まれている深海の泥の試験採取というのが行われ、成功したというニュースが流れました。
レアアースは、その名前と違ってレアではないんですが、ウランやトリウムという放射線鉱物が混ざるため、採掘や精錬の処理や廃棄物で、環境負荷が掛かってしまうのが問題です。
中国がレアアースで他国に優越しているのは、その環境負荷に対する低コストなんですよね。
要は環境を気にせずに採掘し、同じく化学薬剤をバンバン使って精錬をして、大量に放射性廃棄物を廃棄しているいるから、強い。
さらには、より貴重な重希土類に強いのが中国の強みでもあります。
ところが、深海から吸い上げる泥には、数千ppm以上という超高濃度のレアアースが含まれている上、重希土類の濃度も高く、放射性物質もあまり含まれないという利点が期待できるとのこと。
今まで、約2500mの深海からの試験揚泥には成功していたものの、4000m以上の深海からというのは、世界でも確立された技術はありませんでした。
これが6000mからの揚泥に成功したとなると、その技術に先鞭が付けられたことになり、今後が期待できますね。
2030年に生産予定となっていますが、コストや安定稼働、生産体制など、まだまだ解決すべき問題は多いはず。
それでも、期待せずにはいられないですね。
 

2026年1月24日土曜日

激しい動き

高市首相が解散するとの報道が出てから、政治の動きが激しくなってきました。
単純に高市首相の信任選挙になるかと思いきや、公明党と立憲民主党による新党中道改革連合の結成があり、前回の衆議院選挙の投票結果から単純に予測すると、新党が自民党を上回るという報道まで出ています。
しかし、あまりにも拙速のような気がしますね。
そういう意味では、高市首相の電撃的な解散決断は、野党を拙速な戦略に追い込むほどの有効な手だったのかも知れません。
何が拙速だったかと言うと、新党が衆議院に限るということ。
これが、公明党と立憲民主党の政党としての覚悟の無さが見えるようで、選挙互助会の雰囲気を強くしています。
統一会派ならともかく、新党を結成するというのであれば、本来なら理念の摺り合わせを経て衆参同時であるべきで、旧党を残したりはしません。
いかにも中途半端に映るからです。
新党では新しい綱領があり、旧党では以前の綱領が生きているという状況は、通常は国民に理解を得られないでしょう。
新党では、公明党が自民党と共に推し進めていた安保法制や原発再稼働は是認の立場です。
新党に参加した立憲民主党出身の議員の中には、微妙に是認できていないような発言をする議員もいるんですが、まぁそれはそれとして、党としては是認という立場。
ところが、これが参議院になると、母体が同じながら是認否認の違う立場に立つわけです。
どう整合性を取るんでしょうか。
混沌として見えません。
つい数か月前に、基本政策の違いは横に置いて玉木代表を首相として担いでもいいと、政権奪取に燃えた野田代表らしさが出ていると言えばそうですが、どうも数勘定が前に出過ぎて、政策を後回しにする傾向がありますね。
重要政策ちゃうかったんかと、思わずツッコミたくなります。
また、比例専業となる旧公明党に配慮して、比例の順位上位は旧公明党議員で占められるようですが、これも遺恨を残しそうな気がしますね。
選挙結果によっては、より左派に近い議員とその支持者が新党の綱領を消化できず、また、参議院議員も新党の効果を疑い、分裂する危険性もあるような気がします。
旧公明党を含む現実的中道路線の党と、左派寄りの党に分かれれば、それはそれで解りやすいとは言えますが。
兎にも角にも、史上最短の短期決戦で結果はすぐに見えます。
今回の選挙で、しばらく続いている旧立憲民主党の退勢がどうなるかという興味と、旧公明党の本当の実力というのが露わになるんじゃないかという期待で、選挙が楽しみになってきました。
個人的には、新党は、選挙も、選挙の後も、かなり危ういのではないかと予想していますが、どうなるのか。
2週間後を待ちましょう。
 

2026年1月19日月曜日

2026年衆議院解散

年が明け、海外の情勢が目まぐるしいなと思っている間に、日本の政治情勢も驚く速さで変化しましたね。
突然のように解散話が出て来たなと思っていると、早くも2/8に投開票というスケジュールが。
個人的には、予算を成立させて経済面の筋道を立ててからの方が国民に納得感があると思うんですが、高市さんはこのタイミングと読んだのでしょう。
前回の衆議院議員選挙の時は、自公の枠組みでしたし、宏池会系党内リベラル路線が2代続いていましたから、自維の枠組み+党内保守系の高市さんでは、その前2代とかなり毛色が違うのも確かで、国民の審判を仰ぐと言うのは、それなりに説得力のある話ではあります。
そして、この自民党の動きを受けてさらに情勢は変転し、急遽、公明党と立憲民主党が新党を立ち上げるという話となりました。
ただ、衆議院だけの話で、地方はそれぞれの党の地方組織が存続するとか。
選挙互助会的な急造感がかなり強いですし、ややこし過ぎやしませんか?
さらに、綱領が発表されてみると、立憲民主党が反発していた安保法制や脱原発などが、現実的にはという文言はあれど、受容に転じているんですよね。
あれだけ声高に主張していたのは何だったのか、という印象は拭えません。
特に思い入れの無い自分ですらそうなんですから、支持者にとっては、結構な衝撃かもしれませんね。
あと、皮算用として、創価学会票が単純に立憲民主党に乗っかれば、大幅に議席を増やすという算出もありましたが、立正佼成会などの反創価学会の他の宗教票や、これまで立憲共産党と揶揄されていた共産票なども失われるわけで、非常に流動的なも思えます。
いずれにせよ、解散が決まったわけで、情勢が今後どうなって行くのか、非常に興味深いですね。
 

2026年1月14日水曜日

独裁者の国

正月早々、世界情勢がかなり大きく動いていますね。
共に独裁国家である、ベネズエラとイランです。
きっかけは、米軍によるマドゥロ大統領の拘束ですが、その手際があまりにも良かったため、イランの最高指導者ハメネイ師が、ロシアへの避難準備を始めたとの報道も出ました。
そして、市民の不満が高まっているイランのデモへと波及し、多数の死者を出す鎮圧劇へと繋がります。
トップをピンポイントでターゲットにするのは、いわゆる斬首作戦と呼ばれますが、アメリカの斬首作戦の精度には、非常に驚きました。
それなりに防御を固めていたであろう一国の最高権力者を拘束するのに、作戦開始から5時間という早業。
なんだかんだ定期的に軍事作戦を実施している経験と、金や人という圧倒的なリソースが成せる業なんでしょう。
ハメネイ師が恐れたのも解ります。
 
この一連のマドゥロ大統領拘束の事案に関しては、アメリカならではの立て付けというものを感じました。
例えば、日本なんかは国際条約が憲法より上位ですが、アメリカは、国際条約は憲法が認める範囲で有効という法理なんですね。
つまり、合衆国憲法が国際条約と同等かそれ以上。
成文法ではなく慣例法の類になると思われますが、一般に各国の元首に関しては、不逮捕特権というのが適用されます。
ただ、アメリカにとって見れば、マドゥロ大統領に関しては、ベネズエラの選挙を無視して地位を維持している不法な権力者であり、以前に合衆国の法を犯した犯罪者、という立て付けなんですね。
犯罪者を拘束するのに警察ではなく特別な軍部隊を動員したことや、そのことを議会に掛けなかったこと、ロシアや中国がその論理を利用する可能性を問題視されてはいますが、アメリカの法を犯した国外の犯罪者を拘束するという点では、議論の的としては薄い扱いになっている感じがします。
この辺りは、ヨーロッパとかなり温度差がありますね。
ヨーロッパも同じくベネズエラの選挙結果を不当と捉え、野党のマチャド氏をノーベル平和賞に選ぶような空気感ですが、あくまで平和的な方法で解決をするよう促していました。
この対応が理知的なものなのか、深入りしたくないためなのか分かりませんが、単純に世界一の軍事力を抱える国家は強いということを感じましたね。
 

2026年1月7日水曜日

2026年走り初め

明けましておめでとうございます。
新年早々ベネズエラでキナ臭い事態になっていますが、2026年もスタートしましたね。
毎年、正月休みの間に、走り初めとして神出山城跡との説もある雌岡山の神出神社に行ってるんですが、今年は肉離れの件があったのと、正月明けの予定の無い日に限って正月寒波で穏やかな気候にならず、日を少し遅めて行きました。
いつものように、雌岡山の登り口にバイクを止めて準備していると、神出中学校から下校する中学生がチラホラと。
例年だと正月休みの間にお参りを済ませてしまうので、いつもと雰囲気が違いますね。
まずは、自分の足で登り、人間のお参りです。
まだ足が万全ではないので、小股であまりふくらはぎに負荷を掛けずに登って行ったんですが、上り坂はつま先上がりでふくらはぎが必要以上に伸びるので、まだ違和感があります。
なんか嫌な感じなので、踵は地面に付けずに少しだけつま先立ちのような感じで登りました。
まだまだ万全とは行きませんな。
頂上に着くと、いつも通りお参り。
この日は社殿でお祓いが行われていました。
長年、神出神社にお参りしていますが、お祓いを見たのは初めてで、新鮮でしたね。
そして、いつものように西神から明石海峡大橋、そして淡路島までの景色。
 
 
心なしか、手前の木々が伸びてきて、ちょっと見にくくなった気がします。
5年ほど前までは、境内に自販機があり、ちょっと休憩できたんですが、自販機が無くなってしまったので、早々に下山。
そして、次はバイクでお参りです。
神出神社まで山道を上って行くんですが、舗装が所々荒れてますね。
去年はここまで穴ぼこが目立ってなかったような気がするんですが・・・
あと、怪我のせいなのか、なんかバイクに乗り切れないままでした。
別に攻めた走りをしているわけではないですが、この操れていない感覚は何なんでしょうね。
ま、取り敢えずは例年の行事が行えたし、確実に肉離れも回復してきているのが確認できたので、個人的にはホッとしました。
今年も頑張って旅に出かけることに致しましょう。