2020年9月23日水曜日

鹿児島熊本ツーリング その17

前回のあらすじ

どこまで上らせるんじゃい、この城は!

 

長岩城を後にして、向かうは大分県日田。

うきは市というのは福岡大分県境の内陸ですから、帰路を考えると、高速なら西の久留米鳥栖方向へ出るか、東の別府方向へ出るか、一般道なら北の飯塚方向へ出るか、日田から北東の中津に出るかという選択になるんですが、まだ時間もあるし、高速じゃちょっと味気ない。

それに飯塚ルートは通ったことがある、ということで、日田から中津へ出るルートを採ることに。

この行きがけ、否、帰りがけの駄賃で城も攻略して行こうという腹です。

時間があれば、日田の三城を回って、宇都宮氏所縁の城井谷も回って・・・なんて夢も広がりますが、午後には撤退戦に入っておかないと厳しいので、今回は時間的に日田の1城だけが可能ですな。

日田には、いつの日か城の散策の為にまた来ないといけないですね。

長岩城から国道210号線に戻り、筑後川が湾曲している狭隘部を抜けると、もう大分県で、川も三隈川と名前を変えます。

その三隈川の北岸を走る国道386号線に移り、日田市街の中心部から真っすぐ北上して永山城へ。

1度、国道212号線に出てしまいましたが、すぐ左折して無事に城へ到着することができました。

今回は時間が厳しいということで、最も立ち寄り易そうな永山城に行くことにしたんですね。

永山城は月隈城とも呼ばれ、月隈、日隈、星隈と名が付いた三隈三山のひとつに築かれています。

ちなみに、日隈山には日隈城が築かれていますが、星隈山は一時的に仮城として使われた程度のようで、城のあった山とは言えません。

日田の三城のもうひとつの城は、永山城から花月川を挟んだ東の対岸にある日田城でした。

城としては、この日田城が最も古いんですよね。

一方、永山城の方は、近世に築かれた城で、城として存在した期間は短いものの、しっかりとした石垣が残っています

城の駐車場には案内板があったんですが、豆田の城下町についての情報が豊富でした。

城の機能した期間が短いことと、陣屋跡の石垣だけじゃ観光資源としては弱いんでしょうな。

 

 

ま、そこは止むを得まい。

城好きは城へ行くのみだ!

しかし・・・

立 入 禁 止 !!

熊本地震の被害が大分にも出てるとは聞いていましたが、まさかの補修に伴う立入禁止!

土嚢に阻まれつつ遠く山上の石垣を見ながら、ここでツーリングにおける城巡りは終焉を迎えたのだった・・・

 

 

さて、気落ちしているわけには行きません。

まだ昼ながら、ここから600km以上を帰らなければならないのですから。

永山城のすぐ近くの国道212号線に入り、北東へ北東へと進んで行きます。

途中、国道500号線というメモリアルな道路を走りたい衝動に駆られながら、耶馬渓や青の洞門といった観光地をすり抜け、平田城、長岩城といった案内を躱し・・・

また、絶対来なあかんところやん!

行きたい所が多すぎますわ(^^;)

そんなこんなで中津まで走り抜け、上毛スマートI.C.から東九州道へ入り、淡々と北上して行きます。

九州との別れを惜しむべく、めかりS.A.で休憩を入れました。

門司城直下のこのS.A.には毎回寄るんですが、なんと、展望台が無くなってました。

ちょっとびっくり。

なので、今回は駐車場から関門橋を写真に収めました。

 

 

ここからが神戸までが長い長い消化試合になるんですが、今回は趣向を変えて、中国道から帰ってみました。

するとどうでしょう!

あんなにつまらなかった消化試合が楽しいワインディングロードに・・・はなりませんが、車もほとんど無く、適度にコーナーがあってそこそこ楽しいではありませんか。

パーキングエリアで3日連続の昼食サンドイッチを企んだのに、サンドイッチすら無くてパンになってしまったのが想定外でしたが。

いや~新しい発見でしたな。

九州は帰りがネックだったんですけど、また九州へ行く意欲が湧いてきましたね(^^)

 

1日目:79.6km

2日目:121.9km

3日目:216.7km

4日目:306.0km

5日目:710.7km 合計:1434.9km

 

参考:

永山城

あかねの湯 龍野店

地図付きはこちら

大分県兵庫県

 


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