2023年5月24日水曜日

中国からの半導体規制

前回のoppoの件と同じ線上にあるんですが、アメリカの中国への半導体規制に対抗し、中国もアメリカの半導体の規制を発表しました。
 
 
ま、分かり易い対抗処置ですね。
中国らしいやり方です。
これで、マイクロンは10%強の売上の喪失となり、反射利益を得るのはサムスンやハイニックスといった韓国勢が思い浮かびますが、韓国勢には先手がもう打たれているんですよね。
 
 
これが4/23日の話ですから、1ヶ月以上前から中国政府の動きが伝わっていたんでしょう。
韓国勢は、インテルの中国工場を買ったりしてるので、メイドインチャイナの半導体があります。
中国政府はそれをあてにしていると思うんですが、アメリカ政府に先手を打たれ、しかもこれがアメリカに建設する工場の補助金問題にも絡んできそうで、要請を受け入れるしかないでしょうね。
しかも、今後は半導体技術の中国と西側の分断が進むことは目に見えていますから、そのうち、中国工場は中国企業に売るしかなくなるんじゃないでしょうか。
結局、難しい対応を迫られるのは、間でオロオロしている韓国勢ということになりそうです。
 
マイクロンと言えば、日本のエルピーダを買収したDRAMメーカーで、その関係で広島に工場を持っています。
日本政府の支援を前提としてですが、今後最大5000億円の投資をすると先日ニュースになったばかりですね。
そのほか、日本で投資を増やすという半導体に関するニュースもいくつかありました。
全体で見ると、これら最近の半導体関連のニュースは、半導体に関するドラスティックなサプライチェーンの組み替えから表出してきたものなんでしょう。
こういうのをリアルタイムで見ることができるというのも、ウォッチャーとしては面白いですね。
 

2023年5月20日土曜日

撤退するなんて

スマホ関連で、撤退のニュースが2つありました。
1つ目は、中国のスマホメーカーoppoに関して。
 
 
スマホ用半導体の独自開発から撤退するという話ですが、2000人以上のエンジニアが解雇されるそうなので、なかなか開発規模の大きいプロジェクトでした。
需要者に行き渡ったことと新規技術の停滞による、世界的なスマホの需要減退はあるんですが、アメリカの半導体技術の禁輸が響いているんでしょうね。
14nmという、かなり前の技術 までしか自由に使えませんから、独自に開発する意味も無いということでしょう。
あるいは、製造や設計も含めて独自開発を開発しようとしたが、頓挫したのかもしれません。
中国では、膨大な数の半導体メーカーが禁輸以降に潰れたようですが、それらと同じと言えそうです。
 
もうひとつのニュースが京セラのスマホ。
 
 
ちょっとソースによってニュアンスが変わるんですが、どうも個人向けタフネススマホも終了となりそうな感じなんですよね。
法人向けは残るようですが、個人向けに販売があるのかどうか不明です。
使っとるんやけど、どうすりゃええんじゃ・・・
バイクで使いますから、万一落としても壊れないというタフネス性能は必須なんです。
ツーリング先で宿難民にならないために。
いよいよ海外から、CATの端末なんかを個人輸入せなあかんのか?
困った困った・・・
 

2023年5月13日土曜日

でっきるかな?

でっきるっかな?でっきるっかな?さてさてほほぉ~♪
 
自分たちの世代には、とても懐かしいですね。
教育テレビで放送されていた「できるかな」で、のっぽさんを演じていた高見のっぽさんが亡くなりました。
何とも言えないほのぼのした空気を纏う方で、子供心にも優しそうに感じられて好きな方でしたね。
亡くなったのは昨年9月ということで、ご本人の希望から半年以上伏せられていたそうです。
この辺りも、奥ゆかしい人柄ならではなのかもしれません。
ご冥福をお祈りします。
今夜、深夜に再放送があるので、懐かしさに浸りながら見たいと思います。
 

2023年5月5日金曜日

ぶらり備前西部 その2

前回のあらすじ
 
三石城は、さすが守護代の城ですな!
 
三石城を下りてくると、とっくに昼の時間は過ぎていました。
うむ、腹が減った。
どこぞでご飯を調達しなければ。
そう思いつつ、次の目的地である砥石城へのルートとなる岡山ブルーラインの入口へと進んで行く途中に、お昼ご飯が食べられそうな店やコンビニを探しましたが、見当たりませんでした。
やむを得ず、そのまま岡山ブルーラインへ。
岡山ブルーラインは、国道2号線のバイパスとも言える道で、時折、海を見ながら走れる快走路です。
のんびり岡山へ向かう時は、ブルーラインがお気に入りですね。
この岡山ブルーラインには、S.A.のような道の駅が2ヶ所あるんですが、お昼を微妙に過ぎた時間の割に駐車場には人の多く、ちょっと面倒くさくて入ろうという気になれませんでした。
まぁコンビニならどこでもあるし、と思いながら進んでいると・・・
うろ覚えが発動!
サクっと邑久I.C.で下りてしまいました(笑)
本当は瀬戸内I.C.で下りれば砥石城まですぐなんですが、砥石城の住所が邑久町やったからついここや!と早合点・・・
しかも、下りて南へ進んでもコンビニなんて見つかりません。
かなり南へ進み、これは完全に道が違うなぁなんて思っていても、もう少し進めばコンビニはあるやろ的な感じで、損切り失敗の典型的な例でグダグダ感じに。
見つけたローソンの場所は、もう牛窓の海のほうが近いぐらいでした。
ローソンでサンドイッチを食べながら地図を見ていると、そういえば・・・牛窓には変な囲いがあったな、と思い出し、開き直って急遽寄ることにします。
この囲い、GoogleMapをダラダラ見ていて偶然見つけたんですが、結構有名な場所みたいですね。
自前のボートで探検してる人もいるぐらい。
寄る価値アリやな!
手早く昼食を済ませ、更に南下。
牛窓の市街地に突き当たって右折し、鹿忍へ。
見えました!
水没ペンション村!
 
 
ちょっと高台から。
 
 
この日は秋の快晴でしたが、曇天で薄暗かったら、それこそバイオハザードに出てきそうなぐらいの廃墟っぷりですね。
なんでも、ここは塩田跡を利用した、テニスコートなどがあるリゾート施設だったようですが、廃業後は朽ちるに任せるままだったようで、いつかの台風で排水ポンプが壊れ、こんな状態になったようです。
入浜式の塩田だと、満潮の海水面より低いですから、自然排水は無理ですもんね。
しかし、滞在した15分ぐらいの間に、観光客と思しき車が2台も来てましたから、意外な観光スポットになっているのかも知れません。
 
さて、道を間違えた後始末はどうするか考えましたが、秋の陽はつるべ落としなので、この時間から移動して城へ登山というのはちょっときつい。
ですが、やっぱり城の登山口だけは確かめておきたくなりました。
というわけで、県道を縫って砥石城へ。
実は、この砥石城までの道が一番楽しかった(^^)
田舎の快走路っていいですね。
そんなわけで、宇喜多氏ゆかりの砥石城登山口!
 
 
さらにすぐ近くにある、宇喜多氏の宿敵島村貫阿弥の居城高取山城遠景!
 
 
ちなみに、砥石城の宇喜多能家を高取山城の島村貫阿弥が暗殺したという話は、講談だけの話のようですね。
何にしろ、この2城はいずれまとめて攻略せねば。
よし、場所は確認したし、ゆっくりお風呂につかってから帰ろか~
 
参考:
 

2023年4月28日金曜日

サイトのリニューアル 滋賀のお城終了

サイトのリニューアルですが、滋賀県のお城の作成が終了しました。
 
 
滋賀県で訪れたお城は、福井県との県境にまたがる未作成の玄蕃尾城を除けば23城。
結構多いですね。
これは・・・友達の家に転がり込んでブラブラしていたグータラ時代が大きいですな。
M君、ありがとう!!
割と偏り無く、滋賀県の色んな地域の城を訪れていますが、その中では、大津城が城址碑を発見できていないので、もう1度行きたいですね。
今だと、googleさんがいるので、辿り着くのはすこぶる簡単ですが(^^;)
それと、安土城、観音寺城とその周辺の資料館はもう1度行ってみたいですな。
そろそろ・・・古い記憶が朧気になってきておるのじゃ・・・
 

2023年4月23日日曜日

さすがに違和感

大河ドラマ「どうする家康」についてですが・・・
さすがにちょっと違和感が。
先週、走れメロス張りの侍女の奮闘がありましたが、今週になると、まさか開始早々に合戦がナレーションで終わりとは・・・
先週あれだけ引っ張ったのは何なん?
金ヶ崎の退き口は、確かに秀吉にとっては立身出世の大事な糸口になった戦いで、家康にとってはそうでもないかもしれませんが、先週までの引っ張り方とは違い過ぎて、何を先週は見さされてたんやろ?的な感じにちょっとなりました。
小豆の逸話に掛けたであろう阿月という侍女の話や、お市の方のあれこれも、史実で言えば家康とは絡まない話ですから、そっちは引っ張るのに、一応は徳川軍の撤退戦の逸話が残っているこっちはナレーションかいなと。
さらに、今週の姉川の合戦での猜疑と、空鉄砲。
史料によっては、家康が先陣を主張して譲らなかったという話もあるほど、士気は高かったとされているのに。
榊原康政が活躍するのかと思っていたら、そんなこともなく合戦は終了し、曳馬へ場面転換しちゃいました。
史実や伝わる口伝とは離れすぎて、見ていてちょっとしんどいですねぇ
脚本家は、信長をどう描きたいんでしょうか。
光秀の無能っぷりも気になります。
この辺りは、本能寺の変の伏線になるのかもしれませんが。
しかし、ヤバいなぁ
戦国大河やのに、リタイアするかも知れん・・・
 

2023年4月16日日曜日

ぶらり備前西部 その1

昨年秋。
宮崎フェリーの新造船にまだ乗っていないので、今年の秋は宮崎やな!と待ち構えていたんですが、確保した5連休の天気予報は・・・
晴 雨 雨 雨 晴
ありえへん!
〇●●●〇って、列を取り損ねた下手くそなオセロやん。
最終的には、晴曇雨曇晴にはなったんですが、前日まで予報が変わらないとか、怖くて予約できんわ!
というわけで、やむを得ず、今年は日帰り2発で我慢することにしました。
 
目指したのは、こんな日帰りのために残しておいた三石城。
全盛期には播磨、備前、美作を支配していた赤松氏の大番頭とも言うべき、守護代浦上氏の居城です。
城は、播磨と備前を総覧すべく、国境の船坂峠近くに築かれていました。
岡山と播磨は、ほぼそのまま県境となっていますから、城の位置は簡単に分かりますね。
おまけに三石駅もあります。
そして、山陽道の備前I.C.からも近い。
バッチリですね(^^)
 
気持ちの良い晴れの中、いつものように国道2号バイパスを使って竜野まで進み、山陽道へ。
そして備前I.C.から国道2号線を少し戻り、三石駅前へ向かいます。
城へ登る前に、コンビニでおにぎりでも腹に入れとくか、なんて思いながら走っていましたが、国道2号線にも三石駅前にも、残念ながらコンビニが存在しませんでした(T T)
駅の周辺には、麓から登る登山道と、やや離れた車道の案内が出ており、城まではどちらでも迷い無く行けそうです。
今回はバイクで上るので、駅のやや東から深谷の滝方向へ向かい、滝近くの深谷公園の横を過ぎてさらに奥へ。
しばらく進むと、三石城の案内と、左折する道が出てきました。
左折すると、急坂をどんどんと上っていく道になりますが、途中からは落ち葉が盛りだくさん。
滑るか滑らないか心配しながら進んで行くと、駐車場に到着しました。
駐車場には説明板がありました。
 
 
ここから歩いて三石城を目指すわけですが、この駐車場は三石城のある山とほぼ同高ながら、峰が2つばかり離れたところにあるため、ちょっと歩かないといけません。
峰なので、アップダウンがあるのですが、途中、木々が無く日光を直に浴びる時間があるので、暑かったですね。
こうして、三石城の出丸である鶯丸に到着。
 
 
鶯丸は、主郭部から大堀切で隔てられた隣の峰で、単独の削平地ではなく、段郭を持っており、そこにも土塁や空堀の痕跡がありました。
鶯丸から下ると、主郭部と区画かる大堀切があります。
 
 
そして、大堀切は主郭部下の横堀となり、その横には土塁が延々と続いていました。
 
 
ここから主郭部へ登ると、直接本丸に出ることができます。
下は本丸最上段の中心部。
 
 
本丸には案内板がありました。
 
 
縄張図も。
 
 
本丸は3段構成です。
東の2段目から撮ると最上段との差が判りますね。
 
 
さらに3段目から。
 
 
本丸の南西には二ノ丸が続きます。
 
 
二ノ丸の先には、細長い三ノ丸と、その下段には同じく細長い馬場がありました。
 
 
馬場を戻ると、大手門の上に出ます。
大手門は石垣で造られていました。
 
 
この大手門を入ったところには、同線を遮る目隠しがあります。
ぱっと見は土塁に見えたんですが、裏側に回ると石垣で造られていました。
その先は、大堀切から続く土塁に繋がっており、横堀は堀底道としてつかわれたようですね。
また、写真では判りにくいですが、大手門に至る登城道も動線が曲げられていました。
この上は馬場や主郭部になるので、大手門を攻める時には、幾層かの郭が前方頭上に待ち構えることになります。
城の存在した時代からすると鉄砲はまだですが、矢や石礫が雨のように降ってきたでしょうね。
 
 
戦国時代末期に差し掛かろうという頃に廃城になっていますから、規模はそこまで巨大化していませんが、さすが守護代の城ですね。
きちんと整えられたという感が強い城でした。
 
つづく
 
参考:三石城