2016年12月19日月曜日

厄落としツーリング その4

前回のあらすじ
 
白山城。
無名ながら良き城でしたわ。
 
白山城を下り、麓の谷本神社で汗が引くまで休憩を入れ、いよいよ森町に来た本来の目的地である天方城へ。
警備員のおじいちゃんに阻止された橋を過ぎ、しばらく南に行く、行き道で通った新しい大きな橋があります。
県道はこの大きな橋で川を渡って対岸へ続いているのですが、対岸に渡ってから左に折れると、天方城への案内が出ていました。
こんな麓から案内が出ているなんて、有り難いですね。
この天方城、戸錦駅からのハイクコースにも組み入れられているようで、川沿いの道にはハイカーがチラホラいました。
車道としては、南側から山へ入り、茶畑の農道として城まで続いているんですが、登山道は西側からのアクセスになるんですかね?
農道のほうは、車ではすれ違うのが困難な場所もあって広々というわけではないんですが、天方城の二ノ丸が駐車場になっており、直通といった具合で、楽々の登城でした。
下がその駐車場。
 
 
ここに案内板も建てられています。
この二ノ丸から北に行くと、薄っすらと外堀の痕跡も残っていました。
 
 
内堀に比べると全くもって痕跡という感じですが、これはこれで古城の趣がなかなかよろし。
ぐるっと回って北側から本丸へ入っていくと、立派な内堀が出迎えてくれます。
それもかなり見事な内堀で、思わず「おぉ!」と声に出たぐらい(^^)
 
 
どことなく武田流っぽい気がするんですが、どうなんでしょうか。
城が武田方だった時代もあるので、武田家が改修した可能性も十分ありそうです。
本丸の全景と城址碑はこんな感じ。
 
 
本丸はすごく広かったですね。
遠足で来ても子供たちが遊べそうなぐらい。
しかし、内堀から本丸の広い空間にかけての雰囲気は、ほんま新府城に似ているなぁ
その辺り、詳しく知りたいです。
本丸を散策してみると、東屋で休憩をしてるハイカーさんがいて、やっぱりハイキングコースとしてなかなか有名な場所みたいですね。
本丸の一角には、こんな展望台もあります。
 
 
遮るものなく一望できて、かなり爽快でした。
頑張って登ってこの景色なら、疲れも吹っ飛びますわな。
登山のご褒美としては最高(^^)
 
天方城を下り、天竜浜名湖鉄道沿いに進んで森掛川I.C.に戻り、再び新東名高速へと入ります。
少し進んだ先の掛川P.A.で、早めの昼食。
ここはフードコートなんですが、座敷ありテラスありで、なかなか寛ぐにはいいところです。
なんか毎回休憩で立ち寄っているような気もしますが・・・(^^;)
今回は、新投入のワイヤー式トレッキングブーツなので、今までの紐靴と違って靴の脱ぎ履きが凄く楽。
なのでガッツリと座敷を使わせてもらいました(^^)
うむ。
体もリフレッシュ!
気分良く再スタートし、掛川P.A.から近い島田金谷I.C.で降り、国道473号線から峠道を上って諏訪原城へ。
正確には台地上の上る道なので、峠とは違うのですが、激しく上って行く道で、峠と同じく走り甲斐があります。
この道は、旧国道1号線なんでしょうな。
県道になっていますが、なかなか道幅といい、整備された道でした。
交通量が少なければ、突っ込んで走ってても安全で面白そうな道ですね。
やっぱ大型バイクの醍醐味は上りよなーと思いつつ道を登り切ると、交差点があり、そこを左折すると諏訪原城へと到着です。
この諏訪原城の駐車場のすぐ近くには、かつての東海道の石畳が綺麗に残っていました。
 
 
街道を城下に取り込んだ城は多いですが、このようなかつての街道の石畳が残っているという城は珍しく、なかなか趣があります。
さて、いよいよ要衝諏訪原城へ突入!
と行きたいところですが、長くなったのでまた次回。
 
つづく
 
参考:
天方城
地図付きはこちら
 

2016年12月12日月曜日

厄落としツーリング その3

前回のあらすじ
 
天方新城は警備員のおっちゃんに阻止された!
天方本城も急峻な茶畑農道に阻止されかけたが、なんとか攻略完了!
 
天方本城を下り、南へバイクを走らせると、天方新城へ行く前に白山城というマイナーな城のすぐ下を通ることになります。
時間があったら寄るかもな、という程度で下調べはしてたんですが、ここの城は道が無く直登になるということで、まぁ無理なんちゃうかと思ってました。
でも、せっかくすぐ下を通るんだからと、麓の谷本神社に寄ってみることに。
 
 
静かな神社ですが、境内が広く、秋祭りの頃には賑わいそうな神社ですね。
地元の人々が大切に守っていそうです。
さて、問題はここから直登路があるのかどうかなんですが、しばらくウロウロしてみても、取り付くような場所が無さそうでした。
道が無いなら無いでしょうがないかなと神社に向かって左手の脇に進んでみると、なんか取り付けそうな場所が。
数m程度の崖ですが、取り付いた形跡も朧気ながらある。
ちょっくら登ってみるかと、生えてる竹を支えに体を持ち上げていくと、崖を乗り越えた先は尾根筋でした。
しかも、天方本城と同じで、シダ系の植物が生えており、整備されてなくても草が浅い。
なかなか歩き易い尾根でした。
しばらく登ると、尾根筋を削平した城の段郭が。
おお、もう城域かと、段郭を縫って登って行きます。
数えてみると、しめて9段もの段郭が。
途中には、堀切だったであろう凹みがありいくつかありました。
下から数えて4段目の段郭付近の堀切は不明確でしたが、その凹みは谷本神社方向へ綺麗に下っています。
 
 
写真では判りにくいですが、完全なる竪堀ですな。
しかも、無名の城でこんな確認しやすい竪堀はなかなか珍しい。
ええもん見させてもらいましたわ(^^)
この少し上の6段目の段郭付近には、明確な堀切もあります。
これはかなり綺麗ですな。
 
 
このまま、段郭沿いに頂上近くまで登ってみると、登った道と直角方向に同高の尾根筋がありました。
ここを右手に行くと最後部の削平地があります。
 
 
この先に本丸と思われる三角形の削平地があるんですが、大きさはかなり小さかったですね。
尾根筋に少し幅がある程度。
尾根の隅部らしい三角形の郭でしたが、もしかしたら物見台的な機能があったのかも。
この同高の尾根と直交する形で、やや下がったところには次段もあります。
T字型の尾根というか、鈎型の尾根というか、そんな感じで繋がっており、最後部の郭よりも広いですね。
ちょうど最後部から延びる尾根から直角に折れた所から次段全体を撮ったんですが、判りにくい・・・
 
 
木々が無ければ写真でももう少しはっきりするんですがね。
下はその削平部分。
 
 
最後部の郭より広いといっても、あくまで中世的な感じで、居住性はほぼ無しといったところですな。
次段から最後部の尾根筋に戻り、先ほどの郭と反対方向へ歩いていくと、堀切と土橋という明確な遺構もありました。
 
 
ただ、これより先は、?がつく所ばっかりなんで、明確な遺構というのが判断しにくかったです。
ん~郭かな?
ん~埋もれた堀切?
ん~櫓台と言えなくもないかな?
そんな感じです(^^;)
しかも、ほぼ同じ高さで延々と尾根筋が続くんですよね。
城の区切りがはっきりしないから、こちらも区切りが付けにくいという・・・
発掘調査がされれば、かなり明確に城になるとは思うんですけどね。
ただ、今のままでも、驚くほどはっきりしている部分が多いので、古城好きにはそれはそれで魅力があるのかもしれません。
訪れて損のない城でした。

つづく

参考:
白山城
地図付きはこちら
 

2016年12月5日月曜日

流行語大賞

ダラダラひま潰しがテレビからネットに移行し、世間の流行に無頓着になって久しい自分が言うのも何なんですが、ここ数年の流行語大賞の選定の衰えが酷いですね。
昨年は「トリプルスリー」、今年は「神ってる」。
かつての高校球児で、今でもプロ野球をちょいちょい自分から見ても、
どっちも流行ってないやろ(笑)
プロ野球界隈ですら、そんなに言われてたか?という印象です。
歴代の大賞やトップテンなんかを見ると、2014年の「集団的自衛権」辺りからなんかおかしな感じですね。
ニュースでいくらでも流せる政治的話題と流行は性格が違うと思うんですが、流行ってないのに無理やり入れた、みたいな印象です。
当然、個人個人で興味の対象は違うので、一概に言えませんが、「アベ政治を許さない」とか、選挙で圧倒的多数を得ていた政権なのに、流行ってると言われても・・・
選考委員の人たちが、特に興味を引いた言葉なんでしょうか。
支持率が韓国みたいに恐ろしく低迷していれば解るんですがね。
あと、トップテンの「保育園落ちた日本死ね」ってのも、どうなんでしょうか。
一応おめでたいはずのアワードなんやから、「死ね」という語感の悪い言葉は無いやろと思うんですが。
死ねとか出てくると、そんなもんかといった感じでアワードの品格も軽く見られてしまうし、良い事は無い気がします。
しかも、保育園の定員は増え続けている背景もある中で、落ちた死ねってのはなんとも・・・ね。
「待機児童問題」とかなら何も感じなかったでしょうが。
 
今回の件で、アメリカ大統領選挙の時にも感じたことですが、いよいよテレビや雑誌がオールドメディア化してる印象が強くなりましたね。
個人がそれぞれ勝手に1次ソースから情報を取って来ることができる時代に、流行語というものが世間一般の話ではなく、興味のあるグループでしか通用しない時代になってきてるんだと思います。
内輪ネタ的な感じでね。
それと、メディア界隈にリベラルな人が多いことも拍車を掛けているのでしょう。
世界中で、グローバリズムの恩恵を得られなかったごく普通の中産層の間でナショナリズムへの逆回転が起こっており、グローバリズムを推進したメディアやリベラルの信用が落ちつつあります。
笛吹けど踊らず。
イギリスでも、アメリカでもこの現象が見られました。
次はイタリア、フランス、ドイツですかね。
要注視ですな。
 

2016年11月30日水曜日

厄落としツーリング その2

前回のあらすじ
 
初日は夜だけながら快調快調!
 
この日は一路静岡へ。
ただ、もう大阪京都を越えている分、いつもよりはるかに気が楽ですな。
神戸から行くと、大阪京都は高くそびえる壁。
勢いが必要で、しかも渋滞を避ける時間調整が必要なのです。
それが要らないのは、すごくいい(^^)
石山南郷温泉を出たのは6時過ぎ。
昨日買いこんでた朝飯を掻き込んで、朝食支度をしてそうな宿の調理場を尻目に気付かれぬまま出発。
そのまま、東へ向かいたいところですが、目の前の瀬田川は川幅もあるから、あまり橋が無いんですよね。
止むを得ず瀬田川沿いを北上して石山を通過し、瀬田の唐橋から東へ。
新幹線や名神高速の側道があればと思ったけど、これも無かったので、道路上の案内が指示するまま瀬田I.C.まで走ります。
あとはお馴染みの新名神から伊勢道、伊勢湾岸道へ。
途中、刈谷P.A.で休憩を入れたんですが、これがまたマスツーリングの集合知なのか、ハーレーが多い多い。
もうね、朝も早よからうるさいですわ(^^;)
なんであんなに爆音にするかなぁ
走るだけならそんなに音を出さなくてもいいのに。
その後、ハーレーの集団をいくつか抜かしつつ、伊勢湾岸道から、いつもなら東名高速へ入るところですが、今回は2月に新東名が岡崎まで延伸したこともあって、新しい道を味わうべく、ウキウキしながら新東名へ。
と思ったら、引佐付近で事故の為に東名が通行止めとなっており、東名から伊勢湾岸からわらわらと新東名へ車が乗りこんでて、なんか阪神高速を走ってる気分。
車も多けりゃ車間も詰まって、全然のんびりしてませんでしたわ。
それに加え、新東名と言えば6車線設計でやたらめったら視界が広いんですが、この新しい区間は4車線設計で、良くも悪くも普通の高速道路ですな。
ちょっと残念。
 
今回の静岡行は、もちろんメインは富士山なんですが、静岡の拾い残しを辿って行く予定。
浜松近辺は近いので頑張れば日帰りできるはず・・・という希望的観測のもと、とりあえず森掛川I.C.まで突っ走り、森町から巡っていきます。
その森町の北側にあるのは天方城。
詳しく見ると、天方には新城と呼ばれる最も新しい城と、本城と呼ばれる旧城、そして事績がほぼ不明な白山城があります。
3城とも下調べをして、新城によって時間があったら他の城も回ろうかというざっとした予定を立て、南北に貫く主要幹線と思われる川沿いの県道58号線になら城の表示もあるやろと走っていると、予想通り天方城の表示が出てきました。
ま、当然やわな、さて曲がるか・・・と思ってよく見ると、警備員が立ってて柵で橋が塞がれてる!
なぬ!?
まさか橋が改修工事中とは!
最近、こういう断念させられる城が多い気がするのは気のせいかね。
やっぱり本厄だからか?
出だしから大丈夫かよ、と思いながら、仕方がないので北回りで行こうかなと思ってみたものの、地図で見た所、北側で渡れる橋はかなり先まで無ありませんでした。
南の橋まで戻るのもなんだしな・・・
う~ん、しょうがないから旧城から回っていくか・・・と、県道突き当たりの三叉路付近にある本城へ。
 
 
小学校のすぐ横、八幡社の所にに説明板があります。
城へは、この脇から延びる、えらく急な農道を上って行くのですが、最初、さすがにこんな道じゃないやろと、途中から枝分かれするややなだらかな農道を選択してしまったほどの急坂。
もしこの急坂のまま道が途中で行き止まりになってたら詰むな・・・などと思いつつ、恐る恐る上って行くと、終着点に茶畑があり、どうにかバイクを止めることができました。
ただ、軽トラが辛うじて切り返しできる程度の大きさしかないので、うっかり普通車で入ってきても詰みかねない恐ろしい道ですな。
城へは、行き止まりの茶畑から山に入って行くのですが、最初はまるで直登のような険しさ。
ただ、その部分を過ぎれば下草も浅く、順調に登って行ける城です。
城郭部分にはすぐに到着しましたが、現地に案内板はありません。
でも、想像力が掻き立てられるとも言えるので、こういうのは城好きにとっては悪くもないわけです。
興味無い人から見れば、草むらで何やってんだか状態ですが(笑)
下草が刈られたりはしていませんが、時折人が入るせいか、頂上部の本丸部分は明確ですね。
 
 
削平地としての規模はそれほど大きくなく、居住性を考えない中世的な山城の本丸といった感じ。
木や草が多いので正確な大きさは判りませんが、南北に長い郭です。
ここから北西方向にも郭が延びていました。
 
 
こちらは、いかにも尾根筋に延びる郭という趣で、導線を遮る為に明確な堀切も確認できます。
 

上の写真ではちょっと判りにくいですが、現地だと明確な堀切と土橋。
そして、北西に延びる筋の南側の谷筋にも、主郭の一部と思しきやや広い郭が。
頂上部に本丸、北西方向に延びる尾根筋の郭、そして下から谷筋を登ったところに待ち受ける郭。
北西の尾根筋から見下ろせるこの谷筋がすごく大手っぽい感じなんですが、どうなんでしょうか。
登って来た道だと、あまりに防御設備が貧弱なんよなぁ
こういう勝手な想像も、マイナーな城の面白さではありますがね。
ま、何はともあれ、なかなか良い城でひとまず安心(^^)
どうなるかと思ったけど、幸先はヨロシ!
 
つづく
 
参考:
天方本城
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2016年11月24日木曜日

厄落としツーリング その1

私事ながら、今年が本厄でして、気付けばえらい歳になったもんだと思いつつ、厄落としをせなあかんなと考えた所、それなら日本一の霊峰を訪ねてみるかと思ったわけですな。
日本一の霊峰と言えば、そう、富士山。
秀麗な稜線は、日本人としての何ごとかを心に呼び覚ます山です。
その霊峰を訪ね、勝手に厄落とししたつもりになろうと言うわけで、今年の春のツーリングは富士山に決めました。
また秋に春の話かよ・・・
 
富士山のある静岡県には、不思議と、というか旅行やツーリングなんで不思議も何も自らの意志で行ってるわけですが、ここ数年はちょっと馴染みの場所です。
それまで行った事が無かったのが嘘のよう。
ただ、休みを確保できたのは土日だけだったので、今回はちょっと強行軍になりそうだったことから、金曜の夜の仕事終わりで出発しました。
1日目の希望としては、滋賀辺りまで進むのが距離的にも時間的にもちょうど良いのですが、外国人旅行者の宿泊予約で京都が一杯な余波を受け、隣県の滋賀にまで影響が及んでるんですよね。
過去に同じように夜出で滋賀県の瀬田まで行った事があるんですが、その時は朝食付きで3000円台半ばという特価。
もうあんな時代は戻って来ないんでしょうな。
今は軒並み5000円台からしか無く、しかも部屋数が逼迫してます。
これでもまだマシになったほうで、去年なんか5000円台も無かったですからね。
朝ちょっとゆっくり出られるというだけで、6000円以上は出しにくいですわ。
そんな経験から、今回も期待はしてなかったんですが、たまたまリーズナブルな宿が見付かりました。
場所は、南郷温泉。
瀬田川沿いの温泉です。
宿自体がちょっと古いので、それもあって安いみたいですが、おっさんの一人旅に小奇麗さは要りません。
小奇麗さは似合わないといっても、決して小汚いおっさんではないと信じてますが、外から見たらどうなんだろう(笑)
ともあれ、ええとこ見つかったわと早々に仕事を切り上げて飯を掻き込み、19時半頃に出発。
多少の渋滞も覚悟してたんですが、阪神高速から中国道、名神高速と快調そのものでした。
結局、休憩無しの1時間15分ほどで石山に着いたので、宿でゆっくり過ごせそう。
それに加えて大きかったのが、書店の開いてる時間に石山に到着できたので、地図を買えたことですね。
今回は、バタバタして事前に地図を用意できなかったんですが、道中のついでとは言え、ツーリング中に書店を探したりするのは意外と面倒くさい。
ツーリング中は幹線を走ることが多いんですが、昔は幹線沿いに必ずあった書店も減ってしまってますしね。
今回、立ち寄った書店も、本屋さんの苦境を物語るように、店舗内1/3程度が雑貨売り場になっていました。
本だけでは商売が成り立たんのやろなぁ
小売りも難しい時代になったな、なんて思いつつ、地図の棚を探してみると、いつも買うツーリングマップルがありませんでした。
ツーリングマップルって需要が限られる為か、小規模店にはほとんどないんですよね。
というわけで、今回の地図は思い切ってライトマップルにしました。
たまたまの選択ですが、これが薄手で携帯しやすくて、なかなか良い。
ちょっと道路が色的に見にくいというのはありますが、個人的に道路地図としての機能はスマホに移ってしまってる為、感想やルートのメモ書きとしてはこれでも問題無さそうです。
うむ。
これも新しい発見ですな。
ツーリングとしては、なかなか良い出だしですわ。
 
この本屋から宿までは、5分も掛からない程度。
ほんま、関西弁で擬音語がよく使われる典型的な状況ですな。
この道シュッと行ってあの角をサッと入ったら宿ですわってやつ。
宿は南郷温泉ですが、この南郷には南郷堰という堰があって、滞留する水独特の臭いというのがありました。
ただ、瀬田川沿いの道の雰囲気は良さそうで、なかなか風情のある所ですね。
宿で通された部屋は、二間続きの部屋で、繁忙時には別々の部屋として使われてると思われる部屋でした。
テレビが2つにエアコンも2つ。
外気が心地よい季節でエアコンは使わないし、もちろんテレビも2つ同時に見ないし、この季節の素泊まりにはオーバースペック過ぎる部屋ですが、部屋が広いとそれだけでちょっと上がりますな(笑)
宿の風呂は2つあり、普通の風呂と岩風呂。
運良く岩風呂が空いてたので、ゆったりと温泉を味わえました。
いやほんま、渋滞無しといい、本屋といい、宿といい、出だしは最高!
しかし、まさかあんなことが待ち受けていようとは・・・
 
つづく
 
参考:
石山南郷温泉
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2016年11月17日木曜日

ぶらり姫路

少し前に、姫路モノレールの模型が完成したというニュースをやってしまたが、10月の天気の良い日にちょっと見てきたので、その時の報告をば。
模型があるのは、手柄山公園です。
ここの水族園の入口に繋がる形で、姫路モノレールの実車展示があるのですが、その奥に新たに模型が展示されていました。
元々、大姫路博覧会の模型があり、そこでもモノレールの模型が動くようになっていたのですが、今回作成されたものは、姫路モノレールに特化した模型です。
模型のスイッチを押せば、動くようになっていました。
さっそくポチっとな。
 
 
お、手柄山駅から動き出した!
モノレールの下は、当時の航空写真となってまいす。
今と比べると、姫路もまだまだ都市化してないんやねぇ。
のんびり動いていくモノレールを眺めていると、途中の大将軍駅に差し掛かりました。
解体前の6月に見た高尾アパートですな。
 
 
この近未来的建物も、忠実に再現されています。
ちなみに、この日に見た高尾アパートにはもう解体工事が入っていました。
そして・・・
 
 
ちゃんと停車(笑)
凝った造りになってるわ。
上の写真にも見切れてますが、大将軍駅から目と鼻の先に姫路駅があります。
 
 
無事、到着!
所要時間は数分。
実際のモノレールも短い距離だったので、変わらない運行時間だったんでしょうね。
しかし、毎回思うけど、乗ったこともないのに凄く懐かしいね。
なんででしょう?
 
参考:
姫路モノレール
地図付きはこちら
 

2016年11月11日金曜日

アメリカ大統領選決着

アメリカの大統領選挙が決着しましたね。
最初にトランプ氏の名前を「どえりゃ~主張の奴がおるで」と、ここで取り上げた時は、まだ共和党の予備選の時でしたが、メディアでは泡沫候補扱いでした。
それがあれよあれよと言う間に勝ち上がり、ついに大統領に選ばれたというのは、何か時代の変わり目になるのかもしれませんね。
大統領選の結果ではなく、メディアの影響力、信用力の敗北といった意味で。
2016年という年は、イギリスのEU離脱とアメリカの大統領選挙で、メディアの予想から大幅に外れた庶民の投票行動か見られたということで、とても象徴的な年になりました。
選挙後の分析で、トランプ氏が叩かれていたが故に、公にトランプ支持を公にできなかった人が多かったという分析もありますね。
トランプ支持を言えば、極端な話、差別主義者と見られるわけですから、そりゃ言いにくい。
思えばイギリスでも、アメリカほどではないにしてもそういう感じが少なからずあり、離脱派は不寛容と見られている節があったように思います。
ただ、ヨーロッパの移民騒動にも見られるように、行き過ぎた保護や寛容は既得権者の利益を奪いますから、そのような保護や寛容を主張するメディアの論調に対して、不信感を持つ人は次第に増えていたのでしょう。
その結果、メディアの調査にまともに答える人が減ってしまった。
本音と建て前というやつですな。
予測がぶれるのも必然だったのかもしれません。
誰かが、トランプの札は人に見せないもんだろ?という書き込みをネット上にしていて、
うめぇな、おい!
と唸らされましたが(笑)
ま、レッテルを張られそうなら、隠すのはしゃあないよなぁ
 
しかし、ロシアや中国は元よりですが、フィリピンの大統領ドゥテルテ氏なんかを見ても、世界的に過激な政策が支持される傾向にあるようです。
世界的に、というのはやっぱりグローバル化の影響なんでしょうね。
金持ちが恩恵を受けるだけで、庶民には行き渡らず、既存の政治に不満を持つ民衆が増えている。
今後、世界的な動きはここ数10年の流れとは、ぐっと変わってきそうな気がします。