2016年8月9日火曜日

早春の淡路島 その2

前回のあらすじ
 
郡家城のリベンジなる!
 
郡家城から下りてきた後、さて出発するかと準備をしていると、通りすがりのライダーに、なんでこんな辺鄙なとこにバイク止めてんねん的に走りながら凝視されました。
でも、普通の人ならそう思いますよね。
どう考えても地元の人しか通らない道で、何かがあるわけでもない道端にバイクを止めてる。
まさか城があるなんて思わないやろし・・・
でもこんなところにも城があるんですよねぇ(^^;)
この辺りの意識の差は、見られる方から見ると、今もしかしてこう思ったんちゃう?なんて想像できてなんか面白いですな。
自分の性格が悪いから、面白く感じるのかもしれませんが(^^;)
そんな些事は置くとして、郡家城の次に向かったのはたこせんべいの里。
最初は全く存在を知らなくて、結構前に人伝にお土産として有名らしいという事を聞いて買ってみたら、結構おいしかったんですよね。
昔は地元兵庫のせんべいである播磨焼きにハマってたりもして、せんべい関係は妙に食べたくなる時期があります。
このたんせんべいの里のせんべいでは、特に玉ねぎのせんべいとシソ味のせんべいが好きですね。
歴史小説なんかを読みながらポリポリやるのがいい!
というわけで、今回もお買い上げ。
バイクにケースを載せてきたのでそれに収納し、ついでに無料サービスのコーヒーを頂いて、体を暖めたら気合を入れなおして再出発ですな。
 
たこせんべいの里は津名一宮I.C.のすぐ近くですが、I.C.のすぐ西から内陸部を縫って走る県道を南西へと進み、鮎原と呼ばれる一帯に入ってくると、左手に神陽台という住宅団地が見えてきます。
神陽台付近は、農村風景に突如として住宅団地が現れるので、通る度、急に風景が変わるみたいで妙に印象に残る場所なんですが、この団地の背後にあるのが白巣城という山城。
今回のリベンジ第2弾です。
神陽台の端を進んで山手方向へ進んで行くと、道沿いに何ヶ所も白巣城への案内が出ており、城へ向かうのに迷うことは無いでしょう。
集落を過ぎると登山道に入り、後はひたすら急勾配の道を登坂して行きます。
途中、すれ違う場所がほとんどないので、車なら対向車に注意しつつ慎重に上らないといけない道ですが、バイクはその点、気楽ですね。
下手に急坂で停車すると、バランスを崩して立ちゴケするという危険性は付きまといますが(^^;)
前回来た時は車で、途中の倒木がどうにもならず延々とバックを強いられた記憶がまだ新しい道なんですが、今回は道沿いに倒木の兆しすら無く快調。
唯一心配だったのは、急坂を上り続けた先に駐車スペースが無かったらどうしようかということだったんですが、白巣城の駐車場はかなり綺麗に広く整備されていて、平場が少ない山上ながら、駐車場に傾斜もほとんどありませんでした。
これは、バイク乗りにとっては非常に嬉しい。
きっちり舗装されていても、傾斜があると色々と心配事が出てきますからね。
前回の苦い倒木の記憶とは打って変わって、あまりにも綺麗に整備の手が行き届いていることに驚きながら、階段を登って城に入ってみると、こちらも丁寧に下草が刈られ、非常に散策しやすい城となっていました。
素晴らしい!
いや、ほんまちょっと感動するぐらいでしたわ。
整備のされ方も、縄張的にも。
白巣城の歴史はというと、あまり詳らかではなくて、天正9年(1581)の織田軍による淡路平定の際に落城したという話が伝わっているだけなんですが、重要性や知名度は置くとして、これは訪れるに値する城ですわ。
まずは、案内板の鳥瞰図をば。
中世の山城らしく、峰筋に翼を広げるような縄張りです。
 
 
登山道は、鳥瞰図の米蔵と本丸の間辺りに通じているんですが、城に入ってすぐ出迎えてくれるのは、竪堀へと繋がる堀切。
 
 
なかなか規模が大きいですね。
そのままするすると登ると、本丸の下の段に取り付く場所に食い違いがあります。
 
 
更に少し登って本丸へ。
本丸には小さな社が祀られていました。
 
 
本丸の西方向には西ノ丸がありますが、その間も削平地となっており、郭として十分機能する大きさがありますね。
下は本丸の直下から西ノ丸方向の写真で、正面の盛り上がった部分が西ノ丸です。
 
 
西ノ丸は名前的に本丸に次ぐ郭のはずですが、ここに何故か城址碑がありました。
 
 
更に、城主であった安宅冬秀の碑も。
西ノ丸がまるで城の中心のような扱いですね。
 
 
西ノ丸の先には立岩という場所があります。
この岩の下が通路になっているんですが、地形的に小郭や木戸のようなものがあって峰筋の移動を制限してたのかもしれません。
 
 
立岩の先は少し離れて馬責場という区画があり、ここは複数の段から構成される結構大きな郭です。
下の写真は馬責場の最後部から峰筋の突端の郭を撮っていますが、この手前にも削平地がありました。
 
 
馬責場が白巣城の北西方向の突端となるので引き返し、西ノ丸の脇を通って本丸方向へ戻ります。
本丸の北東側のすぐ下には、馬繋場という土塁に囲まれた一角があり、ここも上下2段となっていました。
本丸から離れる方向にあるのが上段なんですが、ここには往時のものでは無さそうな石塁の基部のようなものがあり、後世に何か記念碑か社のようなものがあったのかもしれませんね。
 
 
本丸やそれに付随する一角から今度は少し離れた東の区画へ。
東には東ノ丸という一角があるんですが、その途中には米蔵という櫓跡がありました。
 
 
この米蔵の反対側は、本丸と東ノ丸を繋ぐ郭と思しき盛り上がりが続き、区画ごとに見事な堀切が残っていました。
ただ、郭の中は藪ってて、とても入れそうにないのが残念。
 
 
更にもう少し北東に進むと、東ノ丸です。
 
 
ここはかなり視界が広かったですね。
ここから大阪湾の眺め。
 
 
この東ノ丸の先は、馬の背のような狭い峰筋となっており、その途中でいくつかの小郭が設けられ、導線を制限しています。
その城内の端と思われる小郭が下の写真。
 
 
この先も馬の背の峰筋、緩やかな道だったので何かあるかと思いましたが、何もありませんでした。
防衛的に考えると、このような緩やかな道はちょっと嫌ですね。
城主の安宅冬秀も、当時はちょっと気にしてたのかもしれません。
しかし、淡路は洲本城だけじゃないですね。
洲本城の石の城っぷりも素晴らしいですが、この城の中世の雰囲気たっぷりの土の城っぷりもいい!
洲本城に寄ったら、比較対象としてぜひ寄ってもらいたい城ですね。
 
つづく
 
白巣城
地図付きはこちら
 





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