2015年8月12日水曜日

国盗り合戦 夏の陣 2015

かれこれ5年以上やってる位置ゲー、国盗り合戦ですが、今年も夏の陣が始まりました。
ただ、今年は近場で行けそうな場所が少ないんですよね~
兵庫県は、神戸と龍野と加東市の滝野町。
例年は京都の丹波地方にもポイントがあったりしたんですが、今年は無し。
夏場の早朝ツーリングにはちょうど良いターゲットやし、ぶらっと行ってきました(^^)

5時頃に出ようかななんて思ってましたが、出発は5:40過ぎ。
まぁ許容範囲内かな。
まずは龍野へ向かったんですが、山陽の大動脈の国道2号バイパスは土曜日でも6時を過ぎると通常営業ぐらいの交通量。
さすがですわ。
トラックも多いし、早朝便が主役の時間やね。
そんなバイパスも姫路を過ぎると空き出し、そのまますいすいと龍野に到着。
お城の位置は大体把握してるので、適当に曲がって旧市街に入り、これまた適当に進んで到着。
さすがに夏なんで、7時前でも十分陽が高いんですが、早朝独特の空気が旧市街の古い雰囲気と混ざって良い感じですな。
取り合えず隅櫓をパチリ。

 
違法駐車の車邪魔やねん・・・
でもよくナンバーを見ると、
777!
あぁ、そういう人がオーナーなのか。
さも有りなん、なんて思ってしまう自分も毒されてるな(^^;)

この場所には、家老屋敷の門ともうひとつ門があります。

 
ちょっと字が見難いですが、龍野小学校水練場との表札。
そう、プール!
隅櫓のほうら覗いてみると、プールサイドもかなり広いし大中小と3つもプールがあるしなかなか豪勢やなぁなんて思ったわけですが、何より水練場ってのが良かった(^^)
城の直下ですからね。
観光地らしい粋な表札にちょっとやられましたわ。

この水練場から少し東に行くと、龍野城の大手門である埋門があります。

 
しかし、早朝なので城門は閉まったまま。
龍野城も閉門するタイプの城やったんやねぇ
ちょっと散策しようかな、なんて思ってたけど・・・
仕方ないので、城下の方を散策。
隅櫓の脇にはこんな情景もありました。

 
隅櫓も見えて、旧市街らしい風景ですが、この辺りは普通の住宅もあります。
そういう造られた感じの無いところが路地好きの自分には心地よかったですね。
 
龍野からは、次の闘龍灘に向けて揖保川沿いを北上。
時間的に言えば、中国道に入って滝野社I.C.で下りればすぐなんですが、運転を楽しみたいので、山崎から国道29号線へ入り、安富から県道23号線を東へ。
この県道23号線という道は、延々と中国道と並走してまして、よく使われる道です。
途中、夢前でスマートI.C.の工事をしてました。
確かに福崎と山崎の間はかなり距離があるし多少は便利になるかも、とは思うんですが、完全に並走してるこの県道を考えるとI.C.からショートカットできるということも無いので、使う人は限られるかもしれませんね。
福崎を過ぎ、加西市の中心である北条を過ぎてから北へ。
ちなみに、この北条という町は個人的に縁があって、自分から数えて6代前の先祖がこの町で古着屋をしていたらしいです。
その頃の言い方だと、古手屋ですね。
古手屋そう兵衛、という方がご先祖様らしいです。
そうは宗なのか惣なのか。
死ぬまでには一度、係累なんかも調べてみたいものですな。
話が逸れましたが、北条を過ぎるとフラワーセンターという植物園があり、その角を前述のように北へ向かい、中国道をくぐってから東に向かうと、播磨中央公園があります。
Misiaやトータス松本が野外ライブをやる野外ステージがあるところですね。
ほぼ地元のトータス松本はともかく、Misiaがきた時には、なんでこんな田舎に?と相当びっくりした記憶があります(笑)
もうここまで来れば闘龍灘はすぐそこ。
バイクの乗り始めによくこの辺りまで来てましたな。
懐かしい(^^)
闘龍灘の全景はこんな感じです。

 
江戸時代までは、こんな岩場が川を分断している場所で、南北を結ぶ水運もここで途切れ、積み替えをしていたといいます。
そこで、江戸時代に掘割が掘られました。

 
こうして見るとかなり水深は浅いんですが、当時の喫水の浅い川舟だと、これでも十分だったんでしょう。
この上流にも数ヶ所、そういう岩場があったんですが、このように船を通せるようにした事で、加古川は南北の重要な物流を担うようになったのでした。
いつかの記事で書きましたが、江戸時代は米本位制度の経済。
米を大坂で売るということが、現金収入の主な手段でした。
その為には、地方地方から積み出して大坂へ運ばなきゃならない。
人や牛馬が運ぶにも限界がある。
じゃあ目一杯、大きな川の利点を使おうや、ということなんですね。
やがてそれが発展し、特産品生産の奨励と販売も加え、商品経済というのが発展していきますが、そのような物流を支えたのも、この加古川を始めとした各地の河川と国内海路で、この掘割の開削も、そのような物流量の増大の現れのひとつと言えます。

この日の闘龍灘は、晴れが続いてる割にそんなに水量は少なくなかったのですが、時々集中豪雨があった影響ですかね。
これが、台風後とかに来てみると、腹にまで響く轟音と岩場を覆い隠す水量でド迫力の場所になります。
あれはねぇ、なぜか心が躍る(笑)
台風が来るとウキウキしてる子供がいましたよね。
夕立もしかり。
それ、自分っす。
こういう無駄にテンション上がる事だけは変わらんな~(笑)
 
しかし、夏場は止まらず風に当たっててもやっぱり暑いですな。
8時ぐらいがオッサンの限界ライン。
昔は夏休みに野宿でツーリングとかしてたけど、今はすぐエアコンと布団が恋しくなりますわ(^^;)
 
参考:
龍野城
闘龍灘
地図付きはこちら
 

0 件のコメント:

コメントを投稿