2016もいよいよ終わっていきますね。
今年も色々ありました。
ただ、ツーリングに関してはちょっと不完全燃焼ですかねぇ
でも、あと少しで本厄も明けるので、来年は楽勝っす!
今年の個人的な流行語大賞は、
「黙れ小童ァ!」
ですかね。
真田丸の室賀正武の決めゼリフ(?)です。
ちょっと忘れてたんですけど、最終盤で綺麗に伏線回収しました。
あれ以来、どこかで言いたくてしょうがない(笑)
ま、何はともあれ、来年も良い年になりますように。
そして良い旅ができますように。
2016年12月31日土曜日
2016年12月30日金曜日
2016年ツーリング納め
いよいよ2016年も終わりが近づいたある日曜日、友人と走り納めとして淡路島に行ってきました。
自分にとっては走り納め兼前輪タイヤ慣らしのプチツーリング。
行って帰ったら確実に慣らしの目安である100kmは超えるはずです。
しかししかし。
今年は暖かい日が多かったのに、行く予定の日の予想気温は最低気温が4℃、最高気温が12℃。
もう12月なんで当然と言えば当然なんですが、
なぜこの日だけ寒いんや・・・
しかも春に淡路に行った時よりも低いやないかい!
どうなっとるんや!
とは言っても、日程は天気予報よりも早く確定したのです。
弱音を吐いても仕方がない。
というわけで、淡路島一周を諦め、気温の上がってくる11時半に出発しました(^^;)
友人との待ち合わせは岩屋港。
友人は原二なので、明石海峡大橋は渡れず、ジェノバラインという船便です。
昨年に新造船が就航しまして、それまで原付しか乗れなかった船に、125ccの原二が乗せられるようになりました。
これはちょっと羨ましいですな。
距離は短いとは言え、船旅が入るだけで旅情が掻き立てられます。
神戸淡路鳴門道から行くと、もちろんお手軽で早いんですが、近場に出かけるのと大して変わらない感覚になってしまいますからね。
とりあえず友人と合流し、道の駅あわじで昼飯を頂くことに。
チラっと見たところでは、生シラス丼は早くも売り切れの様子でした。
人気なんやねぇ
自分は、明石海峡の鯛の茶漬けと焼きカキ。
写真は・・・
無い。
来たら食うっちゅうねん!
食べてから気付くのはいつものこと。
食事の写真を載せるという事に、いまだに慣れないおっさん。
まぁ良いではないか。
食事を摂りながら友人と大体のルートを決め、いざ走り納めへ出発!
まずは国道28号線で南下していきます。
今日は寒波襲来ということで、明石海峡大橋の上も時々バイクが横滑りするぐらいの風だったんですが、国道28号線は穏やかでした。
淡路島東側の海面も凪で、橋上の風を思いつつ、なんかえらく遠くに来たような錯覚さえ覚えます。
国道28号線は久々に走りますが、随分と道が良くなりましたな。
淡路島一周をロードバイクで旅する人も多いですが、ロードバイクのブームだけではなく、こういう環境の向上もあるんでしょうね。
懐かしい感覚と新しさに驚きを覚えつつ、気付けばもう津名。
国道28号線に別れを告げ、内陸部へ。
しばらく走ると津名一宮I.C.が見えてきます。
この近くにあるのが、たこせんべいの里。
なんか毎回ここでお土産を買ってる気がするな(^^;)
でも、うまいからつい買ってしまう。
たまねぎせんべいなんかは、日本酒にも合うのでなかなかよろしいですわ。
たこせんべいの里で食後のコーヒーを頂いて暖を取り、再びバイクを駆っていきます。
と言っても、次の目的地はすぐ近くの伊弉諾神宮。
国生み神話の中心地ですな。
なんか小学生の一団を引き連れた古代装束のガイドがいて、テレビ撮影をしていましたが、それを尻目におっさん2人は拝殿でお参り。
ちょうどお祓いをしている方がいて、巫女さんの典雅な踊りも見えてラッキーでした。
さすがに由緒ある古社にもなると、巫女さんが舞を捧げる古式ゆかしいお祓いになるんですね。
なんて凄く得した気分になりました。
写真も撮ってみましたが、例のごとく、伝わらんな・・・
お参りを終えると、空から雨粒が落ちてきました。
見上げると、部分的に黒く厚い明らかな雪雲があり、そこから落ちてきています。
寒い上にこれかい!
と思いましたが、まぁ雪じゃないだけマシということにしておきますか。
幸い、雨も通り雨程度で済んだので、伊弉諾神宮からはそのまま淡路島の西岸に出て、北上して行きます。
島の東岸とは一転して、西岸はさざ波が立つほど風が強く、体感の寒さも東岸に比べて数度は低かったですね。
友人は、「淡路島の寒さを舐めてたわ」って言ってました(^^;)
そんなこんなで岩屋港に到着し、3時のコーヒーを飲んで解散。
寒さに弱い自分的には、12月の走り納めとしては、よく走った方かもね。
タイヤの慣らしも終えれたし、満足ですわ(^^)
計124.2km
自分にとっては走り納め兼前輪タイヤ慣らしのプチツーリング。
行って帰ったら確実に慣らしの目安である100kmは超えるはずです。
しかししかし。
今年は暖かい日が多かったのに、行く予定の日の予想気温は最低気温が4℃、最高気温が12℃。
もう12月なんで当然と言えば当然なんですが、
なぜこの日だけ寒いんや・・・
しかも春に淡路に行った時よりも低いやないかい!
どうなっとるんや!
とは言っても、日程は天気予報よりも早く確定したのです。
弱音を吐いても仕方がない。
というわけで、淡路島一周を諦め、気温の上がってくる11時半に出発しました(^^;)
友人との待ち合わせは岩屋港。
友人は原二なので、明石海峡大橋は渡れず、ジェノバラインという船便です。
昨年に新造船が就航しまして、それまで原付しか乗れなかった船に、125ccの原二が乗せられるようになりました。
これはちょっと羨ましいですな。
距離は短いとは言え、船旅が入るだけで旅情が掻き立てられます。
神戸淡路鳴門道から行くと、もちろんお手軽で早いんですが、近場に出かけるのと大して変わらない感覚になってしまいますからね。
とりあえず友人と合流し、道の駅あわじで昼飯を頂くことに。
チラっと見たところでは、生シラス丼は早くも売り切れの様子でした。
人気なんやねぇ
自分は、明石海峡の鯛の茶漬けと焼きカキ。
写真は・・・
無い。
来たら食うっちゅうねん!
食べてから気付くのはいつものこと。
食事の写真を載せるという事に、いまだに慣れないおっさん。
まぁ良いではないか。
食事を摂りながら友人と大体のルートを決め、いざ走り納めへ出発!
まずは国道28号線で南下していきます。
今日は寒波襲来ということで、明石海峡大橋の上も時々バイクが横滑りするぐらいの風だったんですが、国道28号線は穏やかでした。
淡路島東側の海面も凪で、橋上の風を思いつつ、なんかえらく遠くに来たような錯覚さえ覚えます。
国道28号線は久々に走りますが、随分と道が良くなりましたな。
淡路島一周をロードバイクで旅する人も多いですが、ロードバイクのブームだけではなく、こういう環境の向上もあるんでしょうね。
懐かしい感覚と新しさに驚きを覚えつつ、気付けばもう津名。
国道28号線に別れを告げ、内陸部へ。
しばらく走ると津名一宮I.C.が見えてきます。
この近くにあるのが、たこせんべいの里。
なんか毎回ここでお土産を買ってる気がするな(^^;)
でも、うまいからつい買ってしまう。
たまねぎせんべいなんかは、日本酒にも合うのでなかなかよろしいですわ。
たこせんべいの里で食後のコーヒーを頂いて暖を取り、再びバイクを駆っていきます。
と言っても、次の目的地はすぐ近くの伊弉諾神宮。
国生み神話の中心地ですな。
なんか小学生の一団を引き連れた古代装束のガイドがいて、テレビ撮影をしていましたが、それを尻目におっさん2人は拝殿でお参り。
ちょうどお祓いをしている方がいて、巫女さんの典雅な踊りも見えてラッキーでした。
さすがに由緒ある古社にもなると、巫女さんが舞を捧げる古式ゆかしいお祓いになるんですね。
なんて凄く得した気分になりました。
写真も撮ってみましたが、例のごとく、伝わらんな・・・
お参りを終えると、空から雨粒が落ちてきました。
見上げると、部分的に黒く厚い明らかな雪雲があり、そこから落ちてきています。
寒い上にこれかい!
と思いましたが、まぁ雪じゃないだけマシということにしておきますか。
幸い、雨も通り雨程度で済んだので、伊弉諾神宮からはそのまま淡路島の西岸に出て、北上して行きます。
島の東岸とは一転して、西岸はさざ波が立つほど風が強く、体感の寒さも東岸に比べて数度は低かったですね。
友人は、「淡路島の寒さを舐めてたわ」って言ってました(^^;)
そんなこんなで岩屋港に到着し、3時のコーヒーを飲んで解散。
寒さに弱い自分的には、12月の走り納めとしては、よく走った方かもね。
タイヤの慣らしも終えれたし、満足ですわ(^^)
計124.2km
2016年12月26日月曜日
前輪タイヤ交換
静岡の霊峰厄落としツーリングのまとめがまだまだ途中なんですが、ちょっと閑話休題。
いよいよ年末に差し掛かってきたということで、地元の小学校からの付き合いという原二乗りの同級生と、走り納めをしてきました。
ま、走り納めではあるんですが、自分にとっては慣らしでもあったんですな。
何の慣らしかと言えば、タイヤ。
そう、春にパンクし、交換した後輪に引き続いて替えた前輪のタイヤです。
引き続いて?
いや、引き続いてではないな・・・
後輪は応急処置では塞がり切らず、スローパンク状態だったので慌てて交換したんですが、前輪も後輪交換直後に注文しました。
それから・・・
5ヶ月も来ねぇ。
国外品のバックオーダーという恐ろしさを存分に味わいました・・・
タイヤが到着したのは10月末。
もうついでなんで、交換は秋のツーリング後にしましたわ。
いやはや、ビックリ。
大して参考になりませんが、ちょっとレビューしますかね。
交換タイヤは、当然ながら後輪と同じanakee3なんですが、後輪は結構フィーリングの違いが出たのに対し、前輪のほうはTrailWingとの違いはそれぼど感じなかったですね。
後輪ほどトレッドパターンが目立たないというのも、それほど違いが出なかった要因でしょうか。
後は・・・特になし。
後輪ほど固いという印象もないし、素直な感じなんで、印象も少ないですな。
まだ倒し込んだりはしてないので、その辺で違いが出るのかもしれませんが。
まぁ、兎にも角にも交換できて一安心ですわ(^^)
いよいよ年末に差し掛かってきたということで、地元の小学校からの付き合いという原二乗りの同級生と、走り納めをしてきました。
ま、走り納めではあるんですが、自分にとっては慣らしでもあったんですな。
何の慣らしかと言えば、タイヤ。
そう、春にパンクし、交換した後輪に引き続いて替えた前輪のタイヤです。
引き続いて?
いや、引き続いてではないな・・・
後輪は応急処置では塞がり切らず、スローパンク状態だったので慌てて交換したんですが、前輪も後輪交換直後に注文しました。
それから・・・
5ヶ月も来ねぇ。
国外品のバックオーダーという恐ろしさを存分に味わいました・・・
タイヤが到着したのは10月末。
もうついでなんで、交換は秋のツーリング後にしましたわ。
いやはや、ビックリ。
大して参考になりませんが、ちょっとレビューしますかね。
交換タイヤは、当然ながら後輪と同じanakee3なんですが、後輪は結構フィーリングの違いが出たのに対し、前輪のほうはTrailWingとの違いはそれぼど感じなかったですね。
後輪ほどトレッドパターンが目立たないというのも、それほど違いが出なかった要因でしょうか。
後は・・・特になし。
後輪ほど固いという印象もないし、素直な感じなんで、印象も少ないですな。
まだ倒し込んだりはしてないので、その辺で違いが出るのかもしれませんが。
まぁ、兎にも角にも交換できて一安心ですわ(^^)
2016年12月19日月曜日
厄落としツーリング その4
前回のあらすじ
白山城。
無名ながら良き城でしたわ。
白山城を下り、麓の谷本神社で汗が引くまで休憩を入れ、いよいよ森町に来た本来の目的地である天方城へ。
警備員のおじいちゃんに阻止された橋を過ぎ、しばらく南に行く、行き道で通った新しい大きな橋があります。
県道はこの大きな橋で川を渡って対岸へ続いているのですが、対岸に渡ってから左に折れると、天方城への案内が出ていました。
こんな麓から案内が出ているなんて、有り難いですね。
この天方城、戸錦駅からのハイクコースにも組み入れられているようで、川沿いの道にはハイカーがチラホラいました。
車道としては、南側から山へ入り、茶畑の農道として城まで続いているんですが、登山道は西側からのアクセスになるんですかね?
農道のほうは、車ではすれ違うのが困難な場所もあって広々というわけではないんですが、天方城の二ノ丸が駐車場になっており、直通といった具合で、楽々の登城でした。
下がその駐車場。
ここに案内板も建てられています。
この二ノ丸から北に行くと、薄っすらと外堀の痕跡も残っていました。
内堀に比べると全くもって痕跡という感じですが、これはこれで古城の趣がなかなかよろし。
ぐるっと回って北側から本丸へ入っていくと、立派な内堀が出迎えてくれます。
それもかなり見事な内堀で、思わず「おぉ!」と声に出たぐらい(^^)
どことなく武田流っぽい気がするんですが、どうなんでしょうか。
城が武田方だった時代もあるので、武田家が改修した可能性も十分ありそうです。
本丸の全景と城址碑はこんな感じ。
本丸はすごく広かったですね。
遠足で来ても子供たちが遊べそうなぐらい。
しかし、内堀から本丸の広い空間にかけての雰囲気は、ほんま新府城に似ているなぁ
その辺り、詳しく知りたいです。
本丸を散策してみると、東屋で休憩をしてるハイカーさんがいて、やっぱりハイキングコースとしてなかなか有名な場所みたいですね。
本丸の一角には、こんな展望台もあります。
遮るものなく一望できて、かなり爽快でした。
頑張って登ってこの景色なら、疲れも吹っ飛びますわな。
登山のご褒美としては最高(^^)
天方城を下り、天竜浜名湖鉄道沿いに進んで森掛川I.C.に戻り、再び新東名高速へと入ります。
少し進んだ先の掛川P.A.で、早めの昼食。
ここはフードコートなんですが、座敷ありテラスありで、なかなか寛ぐにはいいところです。
なんか毎回休憩で立ち寄っているような気もしますが・・・(^^;)
今回は、新投入のワイヤー式トレッキングブーツなので、今までの紐靴と違って靴の脱ぎ履きが凄く楽。
なのでガッツリと座敷を使わせてもらいました(^^)
うむ。
体もリフレッシュ!
気分良く再スタートし、掛川P.A.から近い島田金谷I.C.で降り、国道473号線から峠道を上って諏訪原城へ。
正確には台地上の上る道なので、峠とは違うのですが、激しく上って行く道で、峠と同じく走り甲斐があります。
この道は、旧国道1号線なんでしょうな。
県道になっていますが、なかなか道幅といい、整備された道でした。
交通量が少なければ、突っ込んで走ってても安全で面白そうな道ですね。
やっぱ大型バイクの醍醐味は上りよなーと思いつつ道を登り切ると、交差点があり、そこを左折すると諏訪原城へと到着です。
この諏訪原城の駐車場のすぐ近くには、かつての東海道の石畳が綺麗に残っていました。
街道を城下に取り込んだ城は多いですが、このようなかつての街道の石畳が残っているという城は珍しく、なかなか趣があります。
さて、いよいよ要衝諏訪原城へ突入!
と行きたいところですが、長くなったのでまた次回。
つづく
参考:
天方城
地図付きはこちら
白山城。
無名ながら良き城でしたわ。
白山城を下り、麓の谷本神社で汗が引くまで休憩を入れ、いよいよ森町に来た本来の目的地である天方城へ。
警備員のおじいちゃんに阻止された橋を過ぎ、しばらく南に行く、行き道で通った新しい大きな橋があります。
県道はこの大きな橋で川を渡って対岸へ続いているのですが、対岸に渡ってから左に折れると、天方城への案内が出ていました。
こんな麓から案内が出ているなんて、有り難いですね。
この天方城、戸錦駅からのハイクコースにも組み入れられているようで、川沿いの道にはハイカーがチラホラいました。
車道としては、南側から山へ入り、茶畑の農道として城まで続いているんですが、登山道は西側からのアクセスになるんですかね?
農道のほうは、車ではすれ違うのが困難な場所もあって広々というわけではないんですが、天方城の二ノ丸が駐車場になっており、直通といった具合で、楽々の登城でした。
下がその駐車場。
ここに案内板も建てられています。
この二ノ丸から北に行くと、薄っすらと外堀の痕跡も残っていました。
内堀に比べると全くもって痕跡という感じですが、これはこれで古城の趣がなかなかよろし。
ぐるっと回って北側から本丸へ入っていくと、立派な内堀が出迎えてくれます。
それもかなり見事な内堀で、思わず「おぉ!」と声に出たぐらい(^^)
どことなく武田流っぽい気がするんですが、どうなんでしょうか。
城が武田方だった時代もあるので、武田家が改修した可能性も十分ありそうです。
本丸の全景と城址碑はこんな感じ。
本丸はすごく広かったですね。
遠足で来ても子供たちが遊べそうなぐらい。
しかし、内堀から本丸の広い空間にかけての雰囲気は、ほんま新府城に似ているなぁ
その辺り、詳しく知りたいです。
本丸を散策してみると、東屋で休憩をしてるハイカーさんがいて、やっぱりハイキングコースとしてなかなか有名な場所みたいですね。
本丸の一角には、こんな展望台もあります。
遮るものなく一望できて、かなり爽快でした。
頑張って登ってこの景色なら、疲れも吹っ飛びますわな。
登山のご褒美としては最高(^^)
天方城を下り、天竜浜名湖鉄道沿いに進んで森掛川I.C.に戻り、再び新東名高速へと入ります。
少し進んだ先の掛川P.A.で、早めの昼食。
ここはフードコートなんですが、座敷ありテラスありで、なかなか寛ぐにはいいところです。
なんか毎回休憩で立ち寄っているような気もしますが・・・(^^;)
今回は、新投入のワイヤー式トレッキングブーツなので、今までの紐靴と違って靴の脱ぎ履きが凄く楽。
なのでガッツリと座敷を使わせてもらいました(^^)
うむ。
体もリフレッシュ!
気分良く再スタートし、掛川P.A.から近い島田金谷I.C.で降り、国道473号線から峠道を上って諏訪原城へ。
正確には台地上の上る道なので、峠とは違うのですが、激しく上って行く道で、峠と同じく走り甲斐があります。
この道は、旧国道1号線なんでしょうな。
県道になっていますが、なかなか道幅といい、整備された道でした。
交通量が少なければ、突っ込んで走ってても安全で面白そうな道ですね。
やっぱ大型バイクの醍醐味は上りよなーと思いつつ道を登り切ると、交差点があり、そこを左折すると諏訪原城へと到着です。
この諏訪原城の駐車場のすぐ近くには、かつての東海道の石畳が綺麗に残っていました。
街道を城下に取り込んだ城は多いですが、このようなかつての街道の石畳が残っているという城は珍しく、なかなか趣があります。
さて、いよいよ要衝諏訪原城へ突入!
と行きたいところですが、長くなったのでまた次回。
つづく
参考:
天方城
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2016年12月12日月曜日
厄落としツーリング その3
前回のあらすじ
天方新城は警備員のおっちゃんに阻止された!
天方本城も急峻な茶畑農道に阻止されかけたが、なんとか攻略完了!
天方本城を下り、南へバイクを走らせると、天方新城へ行く前に白山城というマイナーな城のすぐ下を通ることになります。
時間があったら寄るかもな、という程度で下調べはしてたんですが、ここの城は道が無く直登になるということで、まぁ無理なんちゃうかと思ってました。
でも、せっかくすぐ下を通るんだからと、麓の谷本神社に寄ってみることに。
静かな神社ですが、境内が広く、秋祭りの頃には賑わいそうな神社ですね。
地元の人々が大切に守っていそうです。
さて、問題はここから直登路があるのかどうかなんですが、しばらくウロウロしてみても、取り付くような場所が無さそうでした。
道が無いなら無いでしょうがないかなと神社に向かって左手の脇に進んでみると、なんか取り付けそうな場所が。
数m程度の崖ですが、取り付いた形跡も朧気ながらある。
ちょっくら登ってみるかと、生えてる竹を支えに体を持ち上げていくと、崖を乗り越えた先は尾根筋でした。
しかも、天方本城と同じで、シダ系の植物が生えており、整備されてなくても草が浅い。
なかなか歩き易い尾根でした。
しばらく登ると、尾根筋を削平した城の段郭が。
おお、もう城域かと、段郭を縫って登って行きます。
数えてみると、しめて9段もの段郭が。
途中には、堀切だったであろう凹みがありいくつかありました。
下から数えて4段目の段郭付近の堀切は不明確でしたが、その凹みは谷本神社方向へ綺麗に下っています。
写真では判りにくいですが、完全なる竪堀ですな。
しかも、無名の城でこんな確認しやすい竪堀はなかなか珍しい。
ええもん見させてもらいましたわ(^^)
この少し上の6段目の段郭付近には、明確な堀切もあります。
これはかなり綺麗ですな。
このまま、段郭沿いに頂上近くまで登ってみると、登った道と直角方向に同高の尾根筋がありました。
ここを右手に行くと最後部の削平地があります。
この先に本丸と思われる三角形の削平地があるんですが、大きさはかなり小さかったですね。
尾根筋に少し幅がある程度。
尾根の隅部らしい三角形の郭でしたが、もしかしたら物見台的な機能があったのかも。
この同高の尾根と直交する形で、やや下がったところには次段もあります。
T字型の尾根というか、鈎型の尾根というか、そんな感じで繋がっており、最後部の郭よりも広いですね。
ちょうど最後部から延びる尾根から直角に折れた所から次段全体を撮ったんですが、判りにくい・・・
木々が無ければ写真でももう少しはっきりするんですがね。
下はその削平部分。
最後部の郭より広いといっても、あくまで中世的な感じで、居住性はほぼ無しといったところですな。
次段から最後部の尾根筋に戻り、先ほどの郭と反対方向へ歩いていくと、堀切と土橋という明確な遺構もありました。
ただ、これより先は、?がつく所ばっかりなんで、明確な遺構というのが判断しにくかったです。
ん~郭かな?
ん~埋もれた堀切?
ん~櫓台と言えなくもないかな?
そんな感じです(^^;)
しかも、ほぼ同じ高さで延々と尾根筋が続くんですよね。
城の区切りがはっきりしないから、こちらも区切りが付けにくいという・・・
発掘調査がされれば、かなり明確に城になるとは思うんですけどね。
ただ、今のままでも、驚くほどはっきりしている部分が多いので、古城好きにはそれはそれで魅力があるのかもしれません。
訪れて損のない城でした。
つづく
参考:
白山城
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天方新城は警備員のおっちゃんに阻止された!
天方本城も急峻な茶畑農道に阻止されかけたが、なんとか攻略完了!
天方本城を下り、南へバイクを走らせると、天方新城へ行く前に白山城というマイナーな城のすぐ下を通ることになります。
時間があったら寄るかもな、という程度で下調べはしてたんですが、ここの城は道が無く直登になるということで、まぁ無理なんちゃうかと思ってました。
でも、せっかくすぐ下を通るんだからと、麓の谷本神社に寄ってみることに。
静かな神社ですが、境内が広く、秋祭りの頃には賑わいそうな神社ですね。
地元の人々が大切に守っていそうです。
さて、問題はここから直登路があるのかどうかなんですが、しばらくウロウロしてみても、取り付くような場所が無さそうでした。
道が無いなら無いでしょうがないかなと神社に向かって左手の脇に進んでみると、なんか取り付けそうな場所が。
数m程度の崖ですが、取り付いた形跡も朧気ながらある。
ちょっくら登ってみるかと、生えてる竹を支えに体を持ち上げていくと、崖を乗り越えた先は尾根筋でした。
しかも、天方本城と同じで、シダ系の植物が生えており、整備されてなくても草が浅い。
なかなか歩き易い尾根でした。
しばらく登ると、尾根筋を削平した城の段郭が。
おお、もう城域かと、段郭を縫って登って行きます。
数えてみると、しめて9段もの段郭が。
途中には、堀切だったであろう凹みがありいくつかありました。
下から数えて4段目の段郭付近の堀切は不明確でしたが、その凹みは谷本神社方向へ綺麗に下っています。
写真では判りにくいですが、完全なる竪堀ですな。
しかも、無名の城でこんな確認しやすい竪堀はなかなか珍しい。
ええもん見させてもらいましたわ(^^)
この少し上の6段目の段郭付近には、明確な堀切もあります。
これはかなり綺麗ですな。
このまま、段郭沿いに頂上近くまで登ってみると、登った道と直角方向に同高の尾根筋がありました。
ここを右手に行くと最後部の削平地があります。
この先に本丸と思われる三角形の削平地があるんですが、大きさはかなり小さかったですね。
尾根筋に少し幅がある程度。
尾根の隅部らしい三角形の郭でしたが、もしかしたら物見台的な機能があったのかも。
この同高の尾根と直交する形で、やや下がったところには次段もあります。
T字型の尾根というか、鈎型の尾根というか、そんな感じで繋がっており、最後部の郭よりも広いですね。
ちょうど最後部から延びる尾根から直角に折れた所から次段全体を撮ったんですが、判りにくい・・・
木々が無ければ写真でももう少しはっきりするんですがね。
下はその削平部分。
最後部の郭より広いといっても、あくまで中世的な感じで、居住性はほぼ無しといったところですな。
次段から最後部の尾根筋に戻り、先ほどの郭と反対方向へ歩いていくと、堀切と土橋という明確な遺構もありました。
ただ、これより先は、?がつく所ばっかりなんで、明確な遺構というのが判断しにくかったです。
ん~郭かな?
ん~埋もれた堀切?
ん~櫓台と言えなくもないかな?
そんな感じです(^^;)
しかも、ほぼ同じ高さで延々と尾根筋が続くんですよね。
城の区切りがはっきりしないから、こちらも区切りが付けにくいという・・・
発掘調査がされれば、かなり明確に城になるとは思うんですけどね。
ただ、今のままでも、驚くほどはっきりしている部分が多いので、古城好きにはそれはそれで魅力があるのかもしれません。
訪れて損のない城でした。
つづく
参考:
白山城
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2016年12月5日月曜日
流行語大賞
ダラダラひま潰しがテレビからネットに移行し、世間の流行に無頓着になって久しい自分が言うのも何なんですが、ここ数年の流行語大賞の選定の衰えが酷いですね。
昨年は「トリプルスリー」、今年は「神ってる」。
かつての高校球児で、今でもプロ野球をちょいちょい自分から見ても、
どっちも流行ってないやろ(笑)
プロ野球界隈ですら、そんなに言われてたか?という印象です。
歴代の大賞やトップテンなんかを見ると、2014年の「集団的自衛権」辺りからなんかおかしな感じですね。
ニュースでいくらでも流せる政治的話題と流行は性格が違うと思うんですが、流行ってないのに無理やり入れた、みたいな印象です。
当然、個人個人で興味の対象は違うので、一概に言えませんが、「アベ政治を許さない」とか、選挙で圧倒的多数を得ていた政権なのに、流行ってると言われても・・・
選考委員の人たちが、特に興味を引いた言葉なんでしょうか。
支持率が韓国みたいに恐ろしく低迷していれば解るんですがね。
あと、トップテンの「保育園落ちた日本死ね」ってのも、どうなんでしょうか。
一応おめでたいはずのアワードなんやから、「死ね」という語感の悪い言葉は無いやろと思うんですが。
死ねとか出てくると、そんなもんかといった感じでアワードの品格も軽く見られてしまうし、良い事は無い気がします。
しかも、保育園の定員は増え続けている背景もある中で、落ちた死ねってのはなんとも・・・ね。
「待機児童問題」とかなら何も感じなかったでしょうが。
今回の件で、アメリカ大統領選挙の時にも感じたことですが、いよいよテレビや雑誌がオールドメディア化してる印象が強くなりましたね。
個人がそれぞれ勝手に1次ソースから情報を取って来ることができる時代に、流行語というものが世間一般の話ではなく、興味のあるグループでしか通用しない時代になってきてるんだと思います。
内輪ネタ的な感じでね。
それと、メディア界隈にリベラルな人が多いことも拍車を掛けているのでしょう。
世界中で、グローバリズムの恩恵を得られなかったごく普通の中産層の間でナショナリズムへの逆回転が起こっており、グローバリズムを推進したメディアやリベラルの信用が落ちつつあります。
笛吹けど踊らず。
イギリスでも、アメリカでもこの現象が見られました。
次はイタリア、フランス、ドイツですかね。
要注視ですな。
昨年は「トリプルスリー」、今年は「神ってる」。
かつての高校球児で、今でもプロ野球をちょいちょい自分から見ても、
どっちも流行ってないやろ(笑)
プロ野球界隈ですら、そんなに言われてたか?という印象です。
歴代の大賞やトップテンなんかを見ると、2014年の「集団的自衛権」辺りからなんかおかしな感じですね。
ニュースでいくらでも流せる政治的話題と流行は性格が違うと思うんですが、流行ってないのに無理やり入れた、みたいな印象です。
当然、個人個人で興味の対象は違うので、一概に言えませんが、「アベ政治を許さない」とか、選挙で圧倒的多数を得ていた政権なのに、流行ってると言われても・・・
選考委員の人たちが、特に興味を引いた言葉なんでしょうか。
支持率が韓国みたいに恐ろしく低迷していれば解るんですがね。
あと、トップテンの「保育園落ちた日本死ね」ってのも、どうなんでしょうか。
一応おめでたいはずのアワードなんやから、「死ね」という語感の悪い言葉は無いやろと思うんですが。
死ねとか出てくると、そんなもんかといった感じでアワードの品格も軽く見られてしまうし、良い事は無い気がします。
しかも、保育園の定員は増え続けている背景もある中で、落ちた死ねってのはなんとも・・・ね。
「待機児童問題」とかなら何も感じなかったでしょうが。
今回の件で、アメリカ大統領選挙の時にも感じたことですが、いよいよテレビや雑誌がオールドメディア化してる印象が強くなりましたね。
個人がそれぞれ勝手に1次ソースから情報を取って来ることができる時代に、流行語というものが世間一般の話ではなく、興味のあるグループでしか通用しない時代になってきてるんだと思います。
内輪ネタ的な感じでね。
それと、メディア界隈にリベラルな人が多いことも拍車を掛けているのでしょう。
世界中で、グローバリズムの恩恵を得られなかったごく普通の中産層の間でナショナリズムへの逆回転が起こっており、グローバリズムを推進したメディアやリベラルの信用が落ちつつあります。
笛吹けど踊らず。
イギリスでも、アメリカでもこの現象が見られました。
次はイタリア、フランス、ドイツですかね。
要注視ですな。
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