2019年2月28日木曜日

mapfan.netサービス終了

自分は、行った場所をプロットする地図として、オフライン時代からかれこれ20年ぐらいmapfanを使っているのですが、昨日、突如表題のようなメールが届きました。
第一声は、
終わんのかい!!
でした。
メールによると、来年の3/31で終了する予定とのこと。
いや~困りますわ・・・
まぁgoogle mapなんかの無料の地図サービスがある時代ですからね。
運営が厳しいのは想像できますが。
しかし、ツーリングで行った場所をプロットし続けて来ましたからね。
そのポイントは1200を優に超えています。
地図に表示させると、こんな感じ。
 
 
お城に至っては、行った城は500そこそこですが、どこかの地図で見ただけで場所は知ってるがまだ行ってない城、といのもプロットしているので、全部で1100ぐらいあるんですよね。
 
 
お城だけの表示にしても、北海道を除く日本が埋まる勢いですわ。
ちなみに、赤色の旗がすでに行った城で、緑が位置不明、黄色が城への行き方は判ったが時間切れなどで行けてない城。
そして、青色の旗がプロットだけしている城です。
だいぶ赤色の城が増えて来たではないか・・・などと勢力拡大を図る戦国大名のようにニマニマしたりしてたんですよねぇ
この楽しみは、なんとか他の地図サービスでも継続したい。
つまり、このマーカーを「新たな地図サービスを選んでそのフォーマットを合わせて移す」ことが必要なわけです。
この、急に発生したミッションはなかなか骨が折れそうですわ。
ほんま困ったなぁ・・・
 

2019年2月22日金曜日

上田城

お城関係で先日、こんなニュースがありました。
 
「城復元に」10億円寄付=匿名の市民、昨年末-長野県上田市
https://www.jiji.com/jc/article?k=2019021800992&g=soc
 
剛毅な話ですなぁ
上田城と言えば、あの真田所縁の城。
とは言っても、徳川の天下となった後には、盾突いた忌々しい城として破却されてしまい、現在残っているのは、小諸から移ってきた仙谷忠政によって築かれた城です。
父や弟と袂を分かち、家康に味方して上田と上州沼田を安堵された真田信之が、後に再築の申請をしたものの、認められないまま松代に移ったとか。
2回も徳川軍はこの城でやられていますからね。
徳川家にとっては因縁深く、そして苦い記憶も薄まらない城だったのかもしれません。
 
そういえば、いよいよオープンする尼崎城の模擬天守の時も10億円の寄付。
奇しくも額が同じです。
尼崎城は鉄筋コンクリートの模擬天守でしたが、上田城はどうするんでしょうか。
城好きとしては楽しみですな(^^)
 
参考:
上田城
地図付きはこちら
 

2019年2月16日土曜日

ぶらり酷道・険道 その2

前回のあらすじ
 
酷道429号線を制覇!
黒川温泉大盛況!!
 
黒川ダムを出発し、国道429号線に戻って西へ進むと、兵庫県下では有名な、魚ヶ滝があります。
幼い頃は家族旅行でキャンプに来たりもしました。
大人になってからも何度も来ていますが、ここも来るのは10年振りぐらいかな?
 
 
見て判るように、落差はせいぜい2mほどの滝で、子供の良い遊び場なんですね。
それが大人気の理由です。
さすがにGWじゃ水温が冷たくて、家族連れもまばらでしたけどね。
 
 
夏場には、あの子供達が立っている場所が子供だらけになります(^^;)
この滝を過ぎた場所も浅いプールみたいに広くなっているので、そこも子供達で溢れますね。
この時期は平穏なもんですわ。
 
魚ヶ滝を出て、更に国道を西へワインディングを楽しみながら下って行くと、銀山湖というダム湖を過ぎ、生野銀山も過ぎてJR播但線へと出ます。
山を下ってきたので、生野駅でちょっと休憩。
ところで、この播但線や国道312号線のラインは、南北の大動脈で、昔から播磨と但馬をダイレクトに結ぶ街道がありました。
この生野のすぐ南に真弓峠があり、そこが国境になっていますが、そこでは播磨の雄赤松氏と、但馬の雄山名氏が激突した、真弓峠の戦いなんてのも起こっていますね。
国境に近い生野銀山は、当然ながら真弓峠の北側ですから、山名氏が掌握して開発しており、有望な財源だったでしょう。
近代に入ると、生野銀山の鉱物を輸送する為に銀の馬車道なるバイパスが造られましたが、それは生野から姫路の飾磨港への運送路でした。
このように、時代が変わっても、この市川~丸山川ラインは、大動脈であり続けたわけですな。
そんなことを考えながら、生野駅で休憩していると、何やらお巡りさんがおじいちゃんと話し込んでいました。
そのうち、お巡りさんがもうひとり。
何かあったのか?なんて思って聞き耳を立てていると、どうもこのおじいちゃんはこの辺りで問題行動を起こす常習犯らしく、お巡りさんも顔見知りのようでした。
たまにこういうおじいちゃん、いるよな~
年を取ると抑制が効かなくなのかもね・・・
 
さて、体も休めたし、行軍を開始しますか。
国道312号線を南下し、神河町を過ぎて市川町に入ったところで左折し、県道34号線へと入ります。
目指すは、山越えの舟坂峠の旧道。
ここです。
 

何やらマッシュルームカットみたいになってますが、県道の北の色の付いていない旧道が目標。
と、その前に。
昔からちょっと気になっていた温泉に寄り道しました。
その名はかさがた温泉。
ちらちらと噂だけは聞いてたんですが、来るのは初めてですね。
この温泉、なんと運営はエーモンという会社です。
ちょいちょい工作したりする人には有名な会社かな?
個人的には、
エ、エーモン!?
というぐらい、衝撃でした(^^;)
このかさがた温泉には2つの建物があるんですが、この日はGWということもあって、みはらし館という上にある建物が営業していました。
このみはらし館は、営業日が少ないらしいです。
営業してるならと、せっかくなので、みはらし館へ。
浴槽や露天風呂なんかはとてもシンプルな構造ですが、5月の陽光を浴びながらの露天風呂というのは気持ち良かったですね(^^)
 
かさがた温泉を出て、いよいよ舟坂峠の旧道へ。
峠となっている付近の舟坂トンネルの手前で集落の方へ曲がり、そこから急坂を上って行きます。
さすがに国道429号線みたいなメジャーな道とは違い、通行量も少ないのか、苔が轍状になってる部分があったりして、なかなかの険道ぶり。
いや~、ちょっと滑りそうなスリルがあっていいですな。
これぞ険道!
旧道の出口はトンネルの先に出てくるんですが、ここから先はこれまた快走路で気持ちいいんですよね。
この組み合わせはお勧めです(^^)
どちらも味わえて、かなり満足でしたわ。
 
参考:
魚ヶ滝
かたがた温泉
地図付きはこちら
 

2019年2月11日月曜日

ぶらり酷道・険道 その1

昨年のツーリングをまとめないまま、年が明けてしまいました。
いや~遅筆の極み(^^)
というわけで、昨年のGWにぶらり狭道巡りをしたので、その時の記録をば。
 
気持ちの良いGWの陽光を見て、ふと思い付きました。
そうだ、酷道へ行こう!
こうして、ぶらりと出掛けてみました。
兵庫県で酷道と言えば国道429号線。
福知山から兵庫県へと入る道になるんですが、一時は毎月のように通ってました。
今回は、そっちではなく、福知山から兵庫県に入った後の西の区間です。
ルートとしては、国道175号線を北上して西脇を抜けた後、そこから生野へ向かう道が国道429号線ですな。
まずは生野へ行く前に、通り掛かったらほぼ寄ってしまう闘龍灘へ。
 
 
天気も良くていい景色ですな。
鮎も解禁されたのか、釣り人もいました。
ここで一旦休憩を入れ、更に北へ。
西脇から国道427号線へ入って北西方向へ行き、多可町のコンビニで軽く昼食を摂ります。
田舎のコンビニはイートインがあるから便利でいいですね(^^)
昼食後は、再び北上して杉原紙の産地を過ぎ、播州峠のトンネルを越えれば、いよいよ国道429号線との分岐です。
ここから429号線を西へ向かえば、念願の酷道ですな。
酷道としてなかなかレベルが高いのは、青垣峠付近のこの辺り。

 
走ってみると、道は1車線で車は確実にすれ違えないし、カードレールも無いし、なかなかの酷道でした。
ハンドル操作を誤ったら、間違いなくそのまま道路下へLet's Goですな(^^;)
ただ、酷道として有名なのもあるのか、この短い区間でバイクとすれ違いましたし、少し前には先行車も走ってて、それほど秘境感はありませんでしたね。
酷道区間を抜けると、道が開けてくるので、そのまま右折して黒川ダムへ。
ここも幼い頃に来た記憶はありますけど、自分の足で訪れるのは初めてですな。
およそ35年振りぐらいです。
 
 
いや~なつかし・・・くなかった。
そりゃ35年ぐらい前なんて記憶が朧気ですわ(^^;)
でも昔はダムの堤に入れた気がすんやけど、記憶違いかな?
バイクを止めて周りをブラついてみると、お隣の黒川温泉は駐車場もいっぱいで大盛況でした。
さすがGWといったところでしょうか。
中もいっぱいそうだったので入りませんでしたが、ここは山の奥の方なんで、秘湯感はありますよね(^^)
 
つづく
 
参考:
登龍灘
地図付きはこちら
 

2019年2月7日木曜日

第2回米朝会談

米朝の第2回目の会談が決まりましたね。
朝鮮半島非核化へは、まだまだ長い道のりが待っていると思われますが、日本にとっては、少しでも前進するなら利があります。
どうなるか、会談の行方がきになりますね。
ところで、この会談には、ホスト国がなかなか見つからないという話もしばらく前にはあったようですが、結局はベトナムが引き受けたようですな。
ベトナムとしては、下の記事にあるように、背景には中国との対立があるようで、アメリカに近付いておこうというところでしょうか。
 
米朝再会談 ベトナム、開催を歓迎…対中けん制の思惑も
https://www.yomiuri.co.jp/world/20190207-OYT1T50125/
 
南シナ海での対立は報道されなくなりましたが、今も続いていますからね。
また、中国にとっては、この1年で、マレーシアでの一路一帯の鉄道支援事業が中止になったほか、パキスタンやネパール、ミャンマーなどでダムの工事などが相次いで止まっており、対立するベトナムやタイ以外でも対外環境が厳しい状況となってきています。
元々、指摘されていたように、事業を支援して出来上がった後は中国が権益を得る条件になっているなど、中国有利の事業が多かったんですが、それが明らかになってきているわけですな。
解り易く言うと、札束外交の強欲さがはっきりしてきたと。
また、完了した事業でも、中国に対して融資を返済できない国が増えてきており、とても払える額ではないという国が多い為、いずれは債権放棄とリスケジュールになるのではないでしょうか。
 
しかし、思い起こせば、このベトナムの政権は北ベトナムの政権ですから、ほんの半世紀前に血みどろの戦いを繰り広げた両国が友好的に振る舞っているわけですから、外交の世界というのは、まさに生き馬の目を抜くという、容赦ない世界ですな。
国益というのは、時にダイナミックに外交態度を変えさせる。
もしかしたら、北朝鮮も、そんなタチの悪い国だった?と言える日が来るのかもしれません。
いや・・・あそこは一筋縄では行かんな・・・(^^;)