2017年4月27日木曜日

勝手にSSTR その1

春が来たというのに、天気の加減や忙しさで、まだ長距離のツーリングに行くことができておりません。
なんということだ!
昨年の10月も似たような状況で、毎年毎年泊りのツーリングに出かけているというのに、連休が取れませんでした。
おのれ・・・
そんなこんなで10月の某日、怒りの日帰りツーリングへ行くことを決意しました。
ところで、世間にはSSTRというものが存在します。
 
http://www.sstr.jp.net/
 
にホームページもありまして、毎年、結構な人が参加してるようですね。
ルールは、日の出後に適当な海を出発して、いくつかのチェックポイントを回り、日本海側の石川県千里浜に日没までに到着するというものです。
行き先はどこがいいのか?と考えた時、勝手にSSTRすればよくね?という考えが浮かびまして、マイルールの日帰り版SSTRをすることにしました。
正規版とちょっとルールを変え、千里浜にこだわらず、日の出にある海岸を出発し、日の入りまでに反対側の海岸に至る、ということで。
石川まで行ったら日帰りできひんしね(^^;)
 
スタートに選んだのは、明石海峡大橋。
 
 
橋は南北方向に掛かっているので、日の出と橋を同時に収めることはできませんでしたが、良い天気で綺麗な日の出です。
さあ、ここから北へ・・・向かわずに西へ!
通勤ラッシュの時間に入ってくるので、早々に第二神明、加古川バイパス、姫路バイパス、竜野太子バイパスと突き抜けて行きます。
まだ7時にならないこの時間でも、さすがに交通量が多くてバイクにはややこしい。
取りあえずバイパス終点の竜野まで一直線に行ってから、ようやくコンビニで朝ごはんの休憩。
腹も満たされたところで、改めて出発といきましょうかね。
ここからは、南へ南へ目ぼしい市道や県道を縫って海まで突き抜け、楽しい七曲りという海沿いの道を辿って行きます。
昔、この国道250号線を延々と走って、よく岡山の友人宅へ行きました。
あの頃は腰も背筋もまだまだ強靭で、無尽蔵に走れたなぁ
学生で収入も少なかったから、高速?なにそれ?状態だっただけに、下道をひたすら走り続けていました。
懐かしい道です。
この道は、七曲りの名の通り、海岸沿いにウネウネとコーナーが続く道で、ライダーには人気ですが、時間を選ばないと、田舎のおじいちゃんのやたらと安全運転な軽自動車に捕まるという道でもありますね。
今回は、そういう車もなく、すこぶる快調に走れ、気持ち良かった(^^)
その相生へと抜ける七曲りの中ほど、道から海側に小さな港町があります。
この小さな港町は室や室津と呼ばれ、中世では瀬戸内の物流拠点でした。
中世の物流拠点につきものと言えば?
そう、やはり城。
ここに室山城や室津城と呼ばれる城がありました。
ここが本日の第一目標です。
 
国道から港町へと入り、雰囲気のある細い路地のような港の道を抜け、小学校の前を過ぎ、大きく曲がりながら丘陵地へと入って行くと、ようやく室津城のすぐ下に出ます。
帰りに判ったんですが、港へ入らず、国道から丘陵東側の道へ入るとすぐ城だったんですけどね(^^;)
この城は、源平の合戦の頃に築かれたという伝承を持つほど古い城で、室町時代の最初期にも重要拠点として登場し、後には播磨の守護だった赤松氏の外港だった室津を押さえる城として機能したはずですが、その頃の城についてはあまり詳しくは判っていません。
戦国時代には、赤松氏の守護代から台頭し、播磨から備前にかけて大いに栄えた浦上氏の拠点となりました。
ただ、本拠地と言うとやや複雑で、もともとの浦上氏の本拠は、播磨と備前に睨みを利かせられる三石城だったのですが、政宗が当主の時、天文7年(1538)から翌年にかけての尼子氏の侵攻に敗れて落ち延びざるを得なくなってしまい、播磨に復帰してからこの城を本拠としたようです。
しかも、後に正宗と方針を異にした弟宗景が備前部分を奪って独立してしまい、本拠と言っても播磨の西端を領する領主の本拠に過ぎなくなってしまいました。
更には、政宗は後に竜野城主赤松政秀への対抗上、小寺家臣だった黒田職高の娘を嫡子清宗の室として迎え、誼を結びますが、その婚礼の日に、父子共々政秀に襲撃されて滅んでしまうという悲劇的な結末を迎えるのです。
なので、堂々としたイメージのある本拠という言葉を使うには、ちょっと寂しい城なんですよね。
 
この室山城は、港の東側の丘陵部を城郭化した城で、現在は、その頂上部付近に小さな城址碑があります。
 
 
江戸時代は番所になっていたので、番所跡の碑も兼ねていました。
ここからすぐの所が頂上部。
本丸跡です。
 
 
凄く茫漠としてました。
もう耕されなくなった畑なんでしょうか。
すぐ海側は民家で、海の景色が良いとは言えませんが、往時は海を監視するにはもってこいの場所だったのが容易に想像できます。
ここから北側には、その名もズバリ二の丸公園という公園もありました。
 
 
二の丸公園の南側は、やや段があり、上の写真はそこから撮ったものです。
この段の上と似たような高さで、集合住宅か養護ホームのような大きな建物があったので、実質的な二ノ丸は、この段の上の平坦な場所と大きな建物までの一帯だったのかもしれませんね。
この場所から先ほどの最高部までは100m足らずといった距離感でしょうか。
丘陵上すべてが城だったわけですから、城跡として残る部分から考えると、はるかに大きな城だったようです。
悲劇的な話を思い浮かべつつ、公園で一息ついて海を眺めると、雲一つ無い日で、景色がとても綺麗でした。
遺構は少ないながら、寂があって落ち着く良い城跡ですな。
 
つづく
 
参考:
室山城
地図付きはこちら
 

2017年4月20日木曜日

余剰HDD

最近のHDDは壊れなくなりましたね。
昔は、PC10台に1台は数年で壊れるというイメージでしたが。
そんなこんなで、技術の熟成が進んだ結果、PCを買い替えると共にどんどんHDDが積み上がって行くという現象が発生しています。
使える古いHDDは、数年前に複数を1台として認識できるHDDカバーを買って来て実装し、一括でHDDレコーダーのディスクとして使い切りました。
しかし、また今回、300GBのHDDが。
うむ。
今回はデスクトップPCのバックアップとして使おう。
 
というわけで、SATAケーブルを入手し、PCをオープン!
マザーボードのSATA接続スロットの空きヨシ!
増設用電源ケーブルの空きヨシ!
3.5インチディスクベイの空きヨ・・・ヨ?
よ?
増設ベイ自体が無い!!
まさか!
同じメーカーの同クラスの前のモデルは増設ベイがあったし、バックアップ用として確かに余剰HDDも増設しているのに・・・
まさかまさか。
取りあえずSATAと電源のケーブルを繋げてみると、しっかりHDDは認識されました。
でも、PC内に置き場所がないんよなぁ
どうしたものか。
・・・
・・・・・・
というわけで・・・
そっと置いてみた。
 
 
向かって左側に鎮座しております。
一応、ケーブルのたわみに挟む形になったので、何もしなければ動かないはず。
これでいいよな。
デスクトップで動かさへんし(^^;)
 

2017年4月16日日曜日

北朝鮮情勢逼迫

北朝鮮で4/11に人民最高会議が開かれ、4/15には北朝鮮王朝を創業した金日成の生誕105周年を迎えました。
これを機に、北朝鮮で大陸弾道ミサイル発射や核実験が行われるのではないかという懸念が持ち上がり、アメリカのトランプ大統領が、北朝鮮やその後見役である中国に圧力を掛けています。
先だっての米中首脳会談で何が話し合われたのかは分かりませんが、取りあえず表に出てきた情報として、明日4/17より中国国際航空のピョンヤン直行便が休止されることが発表されました。
 
http://www.news24.jp/articles/2017/04/15/10359046.html
 
当面はヒトの動きを制限するという所でしょうが、これがモノの動きの制限にまで発展すれば、本格的な経済制裁となります。
米中の約束の中身は、外からは知る由もありませんが、一定の合意があったんでしょうね。
また、これに関連したニュースがチラホラと出ています。
 
「北朝鮮は問題だ。その問題は今後対処される。」というトランプ大統領の発言。
 
http://jp.reuters.com/article/northkorea-usa-trump-idJPKBN17F2IF
 
現場の前線としては、オーストラリアへ向かうはずだった米海軍空母カールビンソンを始めとする打撃群が、北朝鮮沖に展開するようです。
下は、そのカールバンソンと共同訓練をする自衛隊のニュース。
 
http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000301/20170412-OYT1T50059.html
 
また、日本の外務省による韓国渡航の注意喚起が出されています。
 
http://www.jiji.com/jc/article?k=2017041101260&g=prk
 
そして、しばらく前の駐韓大使の帰任。
日本のメディアが報道する以上に、事態は逼迫している気がしてなりませんな。
そんな中、懸念されていたように、北朝鮮がミサイルを発射しました。
結果は失敗でしたが・・・
これが切っ掛けで自体が悪い方向に進展する可能性も考えられます。
いよいよ、本気で状況を見守る必要が出てきたようですね。
 

2017年4月9日日曜日

米中首脳会談

米中首脳会談が終わりましたね。
まぁ、報じる各紙のスタンスによって成果があったのか無かったのか、文脈が分かれているのは面白い所ですが、客観的に見て、共同記者会見や共同声明が無かったということは、双方が大っぴらに公表するような合意等は無かったと見るのが妥当でしょうな。
色々とニュースが多い両国関係で、南シナ海、対米貿易黒字等々、これからどうなるかという試金石になるかと思ったんですが、まだまだどう動くかわかりません。
その中でも、日本にとって最も気になるのは、北朝鮮問題でしょう。
これに関し、米中会談が迫る中、一時帰国していた韓国駐在大使が帰任しました。
 
http://news.livedoor.com/article/detail/12893778/
 
また、首脳会談の前には、トランプ政権が北朝鮮問題に関して、中国政府が協力すべきだと述べています。
 
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGM03H1F_T00C17A4000000/
 
この記事中で、「中国が北朝鮮問題を解決しないなら、我々がやる。今言えるのはただそれだけだ」ともありますな。
これ以外に、こういう記事もあります。
 
http://www.sankei.com/economy/news/170331/ecn1703310027-n1.html
 
麻生副首相の話ですが、「新聞が書いているより深刻」とのこと。
ミサイル発射が頻繁でやや麻痺していますが、アメリカで北朝鮮への先制攻撃論が浮上していることもあって、日本政府は世上より深刻に捉えているのかもしれません。
しかし、これを受けての米中首脳会議でしたが、目に見える合意は無かったようです。
これからの北朝鮮問題、より注目が必要かもしれません。
 

2017年4月3日月曜日

忖度

世上、忖度忖度と話題になっておりますな。
籠池問題。
しかし、
そんなに重要な問題か?
と思うんですが、どうでしょうか。
政治家の汚職は過去、数多くありましたが、その根本の形は同じです。
ロッキード事件は田中首相に対し5億円譲渡(上告中に死去)、リクルート事件は各有力政治家や官僚に未公開株譲渡。
つまり、便宜を図ってもらう為に政治家等に利益供与する、というのが鉄板の形ですな。
今回は、首相である安倍首相が100万円を寄付。
寄付?
お金出してる側やん。なんじゃこれ。
これが自分の第一印象でした。
しかも、自分の選挙区以外への寄付は、そもそもが合法。
更に、証拠として出てきたのは、修正テープで訂正された振込票。
しゅしゅしゅ修正テープって~
と、リアルにしゅを繰り返しそうなぐらい、衝撃でした。
社会人になった時に、お金関係は必ず二重線で取り消して訂正印な!と厳しく教えられたのに、色々と覆された気分ですわ(笑)
しかし、いくらでも自作自演できそうやな、という個人的な感想はともかく、社会でお金を扱ったことのある人間なら、どちらかと言えば郵便局のルーズさを問題視すべきじゃないかとすら思いますな。
更に、こぞって報道されていたのは、籠池氏主宰の幼稚園でのちょっと歪な教育。
確かに歪とは思いますが、でもね、世の中で結構偏った教育方針の宗教系学校もありますからね。
私学は、他に無いユニークな教育方針を掲げる為に私学なわけですし、放っといたれよ、という話で。
私学なんだから、皆に受けずに人気が無ければ続かなくなるだけですし、センセーショナルに取り上げる必要があるのか?というのが、この話に食傷気味の自分の感想です。
根本的には、売却の値引きに関して忖度があったのかどうかという所になると思いますが、官僚への批判になっても政権批判するような材料じゃないでしょう。
それを嬉しそうに政権に批判を向けるから、おかしな筋になるんじゃないでしょうか。
しかも、瑕疵担保責任を免責にすることで値引きする、つまり、後々に新たな問題が出ても責任を問われない、未来の損失を回避する、というのは土地取引でしばしば見られることで、実際にゴミも埋められていた悪い素性の土地ですし、そんなに問題とも思わないんですがね。
責任回避体質の役人は、自分に責任が掛からないようにそういう取引を好む、という傾向はあるのかもしれませんけど。
更には、籠池氏の妻とのメールで出てきた辻元議員については、民進党がデマだから報道するなとメディアに圧力をかける始末。
民進党はトランプ批判なんか絶対に出来ませんな(笑)
今なお続く築地問題や原発再稼働と同じく、ちょっと感情的な部分で納得いかないというだけで、決められたルール、出てきた科学的データをあえて見ずに報道することが多いように感じます。
これが批判される側だったら、そりゃフェイクニュースとも言いたくなるよなぁなんて思いますね・・・
 

2017年3月28日火曜日

直虎 1Q

今年はなかなか冬が明けない感じですな。
今週末は花見だってのに、
桜咲いてませんやん。
どうすんのこれ?
蕾見?
 
ま、それはそれとして、今年の大河ドラマ、なんとか1Q完走しました。
でもね、なんて言うかね、
恋愛ドラマ?
そんな印象です。
やっぱり女性向けの内容なんでしょうな。
直虎に関する史料が少ない為にフリーハンドで描けるわけですが、やっぱそっち方向になっちゃいましたか・・・
それはともかく、今週でようやく次郎直虎が誕生したわけですが、直親謀殺から結構駆け足でしたね。
史料上で、というか井伊家家伝がそのほとんどなんですが、出来事を年次を追ってみると、
 
直盛討死(桶狭間の合戦) ・・・ 永禄3年(1560)
直親暗殺 ・・・ 永禄5年
三河一向一揆 ・・・ 永禄6年
直平死去(死因不明) ・・・ 永禄6年
中野直由・新野親矩討死 ・・・ 永禄7年(同8年説も)
 
となります。
約5年の期間があるとは言え、まさに激動ですな。
こうして永禄8年に、次郎法師が還俗して直虎と名乗ります。
この後、領主としての活動があり、天正3年(1575)に虎松が徳川家康に出仕した後は、虎松が井伊谷の実質的な領主となりました。
と言っても、虎松改め万千代は家康に近侍していたので、実質的な領内政治は直虎が行っていたと思われます。
ただ、その頃の直虎に関する史料が無いんですよね。
だから、実際にはどうだったかはよく分かりません。
ともかく、1/4終了時点で恋愛パートは終わったかな?
これからどういうドラマになっていくのか、楽しみにしますかな。
 


2017年3月21日火曜日

厄落としツーリング その11

前回のあらすじ
 
ま、まさかバイク歴20余年で初めてのパンクがこんな遠隔地とは!
 
御前崎は、観光客が多い為に道も整備されていて、海岸沿いの道は4車線道路になっています。
この道が整備されるまでは、恐ろしい渋滞がシーズンごとに発生していたんやろなぁ
そんなリゾート気分満点の道。
この道は国道ではないんですが、そのまま進んで行くと御前崎手前で西へと折れた国道150号線との交点を境に、国道150号線のバイパスになっています。
いかにもバイパスという感じで少し山側を通っており、信号も無いので、快調な道でした。
ここで偶然に250ccのオフロードバイクと一緒になり、少しの間、ランデブー。
この辺りは丘陵地も多いので、純粋なオフ車で農道林道巡りというのも楽しそうですね。
バイパスは、行く時に使った県道69号線をくぐり、大沢I.C.を越えると国道473号線のバイパスとなります。
道は連続してるので、走ってると、知らん間に473になってるやん!とびっくりしますが(^^;)
ここから北は、バイパスらしく本道の国道473号線に並走しており、東名高速を越え、更に北へ続いているのですが、自分は六本松I.C.でバイパスを降り、牧之原の集落へ。
途中、飯屋があれば寄ろうと思ってたんですが、山間を走るバイパスに店は無く、牧之原の集落のスーパーでパンを買って昼食を摂りました。
牛丼は頻繁ですが、スーパーで済ませたのは初めてですな(笑)
お腹も落ち着いたので、目指す勝間田城へ出発。
 
勝間田城は、午前に寄った横地氏の一族である勝間田氏の本拠で、勝間田川沿い一帯を開墾した領主だったのでしょう。
城は、勝間田川の最奥部とも言える場所にあり、牧之原の集落から行くと、反対方向からのアクセスになります。
なんでこちらから行ってみたかと言うと、勝間田川まで行くとぐるりと遠回りする形になるからなんですが、残念ながら城への案内はありませんでした。
近道になるかと思ったんですが、残念。
牧之原台地はどこもそうですが、開墾されたのが近代ですからね。
当時は原野だったはずで、勝間田城の縄張を見ても、谷筋にあたる北側への防御が重視されていて、背後の南側は比較的手薄です。
従って、当時の登城ルートは勝間田川の谷筋からのはずで、廃城後もその道が踏襲されたなら、こちらからは無くてもしょうがないですな。
仕方がないので、いったん台地を降りて勝間田川まで行き、そこから川を遡る形で城の麓へ。
麓には立派な駐車場と案内板がありまして、そこにバイクを止めて徒歩で登っていきます。
 
 
駐車場から立派な車道はあるんですが、その先は茶畑で、車を止める場所はありません。
突き当りの茶畑から城へ入ると、まず城址碑の建つ場所近くに食い違いらしきものがあました。
 
 
この写真の奥側ですね。
勝間田氏滅亡以降、戦国時代まで城が活用されていたそうですから、構造物的に勝間田氏時代より後世の構築でしょうか。
そこを過ぎると三ノ丸にあたる三ノ曲輪です。
 
 
この郭の縁辺部には、綺麗に土塁が残っていました。
郭としても大きくて、下のように東側も相当な空間がありますね。
 
 
そこから一段上に行くと二ノ丸にあたる二ノ曲輪。
 
 
ここも相当広かったですね。
近世城の雰囲気さえあります。
また、虎口も非常に立派でした。
 
 
この二ノ曲輪の西には、西二ノ曲輪というのがあり、二ノ曲輪と同じく居住空間だったんでしょう。
二ノ曲輪からは建物跡も検出されていますね。
 
 
二ノ曲輪の上には、峰筋に北尾根郭と東尾根郭があります。
まず東尾根郭。
 
 
ここは比較的狭く、中世的な雰囲気が漂っていました。
勝間田氏時代の構築なのでしょう。
突端部には広めの平たい地形があり、櫓台だったのかもしれません。
この先には堀切があり、その先は藪でしたが、小郭が続いている感じでした。
 
 
ここから本丸方向に向かうと、北尾根郭があります。
 
 


 
この上に本丸。
 
 
本丸の先には鋭い堀切を挟んで南郭がありました。
 
 
左手が南郭で、右手が本丸です。
下の写真は南郭内部。
 
 
で、この南郭と本丸の間は写真のように道になっており、その先にも続いてるんですね。
この先は何があるんだろうと進んで行くと、道は恐ろしいほどの九十九折れの険しい山道になり、やがて明るくなると、茶畑に出ました。
見覚えのある茶畑。
やっぱり道があったんか(> <)
無事?元の牧之原集落の茶畑へとでました。
 
勝間田城を後にし、違う道で牧之原台地へと駆け上がり、牧之原集落経由で国道473号線バイパスへと戻ると、スマホの電池がエライことになっていました。
結局、充電ケーブルは見つからないまま、 道すがら、100円ショップも電気屋さんも無く、ここまで無充電ですからね。
時々地図も表示させてたし、もう限界。
というわけで帰路に就く前に、I.C.近くのコンビニでケーブルを物色しました。
しかし、これが高いのなんの。
単純なUSBケーブルでいいのに、コンビニに売ってるのは、電池でいけるやつとか、シガーでいけるやつとか、シンプルなのは無いんですよね。
ま、コンビニで買う人は非常事態な人が多いはずだから、そういう充電可能なものが売れ筋で当たり前なんですけども。
でも、あまりの高さに、そっとスマホの電源を切って撤退しました(^^;)
非常連絡用の電池だけは残しとかなアカンからね・・・
そんなこんなで、東名高速に突入。
まだ陽が高い時間なんで、路面の温度も高く、スローパンク状態の後輪が気に掛かります。
なので、速度はできる限り抑えつつ、S.A.、P.A.ごとに休憩して空気圧のチェックと、タイヤの冷却。
ついでに充電ケーブルのチェックもね!
後輪に関しては、陽が暮れるまで各駅停車状態でチェックしつつの走行でしたが、問題なし。
充電ケーブルに関しては、電池で充電するタイプが1000円ちょいと最安値だったので、それで妥協しました。
陽が暮れてからは、充電バッチリ、タイヤ温度もそんなに上がらないはずなので、音楽も掛けながらペースを上げ、大した渋滞にも引っ掛からず、無事帰宅。
ありがちですが、帰宅後、荷物を整理していたら、充電ケーブルが出てきたという・・・
ま、なんだかんだありましたが、霊峰も拝めたし、パンクも厄落としということで考えときまひょ。
その後、自転車も2度パンクしたというのは、また別のお話・・・
か?
 
1日目:116.1km
2日目:470.6km
3日目:523.2km  総計1109.9km
 
参考:
地図付きはこちら