2018年8月24日金曜日

飛騨富山ツーリング その16

前回のあらすじ
 
しかし松倉城は支城も含めて地元に愛されてるねぇ(^^)
 
松倉城周辺でお城の案内表示があった城は全部訪れることができたので、早月川沿いを戻り、北陸道の側道のような綺麗な市道を西へ。
そして、滑川I.C.から北陸道へ入り、一気に富山I.C.まで進みます。
前日も通った国道41号線。
なぜ戻ったかと言うと、それは、安田城へ行く為なのです。
と言っても前日までは予定に入っておらず、白鳥城へ行く際に地図を見ていて、どう考えても城跡の地形があるぞ、という事で発見した城なんですけどね。
事前の予定では、松倉城周辺から高岡へ富山市街をスルーして向かう予定だったんですが、見付けてしまった以上は行かなくては。
富山市街で昼飯を掻き込み、県道62号線に入ると、あとは真っすぐです。
神通川を越え、神通川の支流の井田川を渡ってすぐに左折し、北陸道沿いを少し戻ると、すぐに安田城が見えました。
地図上で明確に堀と郭は確認できるんですが、現地はもっとはっきりした形で整備されており、想像以上に良い城跡でしたね。
ちょっと感動するぐらいに。
また、意外なことに、国の史跡として綺麗に整備された史跡公園となっている為か、家族連れや写真を撮りに来た人、自分みたいな一人旅の人など、色んな人が訪れていました。
そんなことにも感心しきり(^^)
この安田城は、秀吉による佐々成政討伐の際に本陣として整備された白鳥城の出城として築かれたといいます。
ただ、下の縄張を見てもらうと解るように、地形に縄張が制限され難い平城なのに、本丸とそれ以下の郭で軸がずれているんですよね。
この為、前身として居館城郭などの城砦があったなどと言われています。
そこにまた、後で付け足されたのが、本丸なのか、それとも二ノ丸と右郭なのか、議論があるようですね。
それは置くとして、眩しい陽光の中、散策していきます。
まずは入口の城址碑。
 
 
そして説明板。
 
 
ますば、入口に最も近い右郭に向かうと、蓮の葉が表面を覆う右郭の外堀が見えます。
 
 
そして、右郭。
 
 
先の盛り上がっている場所が、本丸の土塁ですね。
右郭には、縄張の模型があります。
 
 
これを見ると、軸がずれているのが一目瞭然でしょうか。
右郭の左側の削られた場所を見ると、もともと右郭は長方形だったのを、本丸の堀を造る為に崩したようにも見えますね。
右郭の次は二ノ丸。
 
 
二ノ丸の南の虎口から本丸方向の眺めです。
真ん中付近に少し見えていますが、本丸への通路は土橋の上に木橋が掛けられていました。
土橋は遺構保存の為で、当時は木橋だったのかな?
 
 
そして本丸。
 
 
本丸の四周は土塁が構築されており、その幅は非常に広いですね。
発掘で、櫓が検出されているそうですが、柵だけではなく、何か防御の為の建造物が他にもあったんではないかと想像させるほど広い土塁です。
本丸土塁から二ノ丸の眺め。
 
 
次いで右郭と資料館。
 
 
潤沢な水と幅広の堀は、川から至近の城らしい景色ですね。
全体的に綺麗に芝生が敷かれているので、散策するのも楽しい城でした。
散策を終えたら、すぐ近くの安田城跡資料館へ。
 
 
この資料館は、安田城跡が国の史跡に指定された際に、遺物の展示や史跡の解説、そしてゲストハウスを目的として建てられた資料館です。
大きさもそれほど大きくなかったので、それほど期待せず、ついでという感じで入ったのですが・・・
なんとなんと、中には富山県の城跡を網羅した紙、しかも縄張付きで1城につき1枚!という城好きには完璧に近い説明資料が!
お城の宝石箱や~
なんてどなたかのをパクりはしませんが、間違いなく富山の城を巡るなら必須の資料です。
いや~ええ紙もろたわ~
興奮して、思わず2階のテラスで読み耽ってしまいました(^^;)
 
つづく
 
参考:
安田城
安田城跡資料館
地図付きはこちら
 

0 件のコメント:

コメントを投稿